ど素人、黄表紙をよむ

独学で黄表紙を読み、悪戦苦闘の成果をさらす。恥知らずの野暮天ですみません。

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心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑤

心学早染艸05 右

理太郎ははやくも十六になり、元服して前髪を上げる年頃になりました。
  
  父  「ひたいは抜かぬがよかろう、人柄が悪いぞや」
  
  理太郎「ハイ /\」
  
  髪結い「よくお似合いなされます」

理太郎は生まれもよく、よい男となり、
店の商売にも向いていて、
あるだけ預けて商売をさせれば
型にはめたような律儀者ゆえに、
朝は早起きし、夜はおそく寝て、
随分万事に心を配ります。

倹約を心がけ親孝行をし、家来に哀れみをかけ、
そろばんを常にはなさず家の内外を守るとあって、
その近辺でも評判の息子となりました。

心学早染艸05 左
 
…しかし、人の魂は寝る時に遊びに出るというのは、
間違いのないこと。
十八になったある日、
理太郎が帳場の仕事に疲れてうたたねをしておりました。

日々、悪たましいから理太郎を守っているため、
少しくたびれていた善いたましいが、
理太郎のうたたねを幸いとその辺へ遊びに出た隙に、
例の悪たましいこれをチャンスと仲間をかたって近づき、
善いたましいをしばりあげ、理太郎の体の中に入ってしまいました。

心学早染艸05 左 たましい達
 
  善たま「エゝ、残念な」

  悪たま「よいきび、よいきび」

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑥

心学早染艸06


理太郎はその日、うたた寝から覚めて、
「今日は浅草観音にお参りに行こう」と思い立ちます。 
ところが観音にお参りしたその帰り道、吉原がつくづく気になりだします。  
  
  理太郎「吉原というところ、今まではふりむいて見る気もなかったが
       素見物するだけなら、さして銭もいらぬということだし、
       一度はみても構わないだろう」

…と思い、うかうかと土手八丁に差し掛かった。
これは悪たましいが体に分け入ったためである。
  
  理太郎 「いやいや…行こうと思ったけど、家で心配するだろうか。
        とはいえ、ここまで来たのだしちょっと見てこうか。
        やっぱり帰ろうか…」
   
いろいろ迷って、理太郎は土手を行きつ戻りつします。
これは悪たましいのせいなのでした。

心学早染艸06 悪たまども
  
  悪たま「コレサ、そんなきまりの悪い事をいいっこなしさ。
       われら、諸事のみこみだ。
       ちょっと吉原の粋なところを見な。
       サアサア早く、きなこもち
  
  悪たま「俺はおいはぎにあった宿引きという身だ」

  悪たま「ウゝウゝウゝ、しめたぞ、しめたぞ。
       ウゝウゝウゝ、そこだえ、そこだえ。
       おいらの身は人間の車をひくようだ」



素見物するだけなら~:当時、吉原は昼間の営業もあり観光名所になっていて、
                夕方前の花魁道中の見物だけして帰る人も多かった。 

土手八丁:別名、吉原土手。遊郭に通う客で賑わった。

のみこみ:合点している。分かっている。

さあさあはやく、きなこもち:きなこもちの売り声。きなこもちは冷めると硬くなる。

宿引き:宿の客引き。

※背景の屋根の上にあるモノについて
 背景の吉原の店々の屋根に、アンテナのような何かが載っています。
 これは天水桶(雨水を溜める桶)と、
 熊手のような形をした消化用具なのだそうです。
 江戸では大火災が多く、天水桶を備えるのは普通だったのですが、
 これを屋根の上に置くのは吉原だけだったとか。
 なので、見る人が見ればこの屋根の景色を見ただけで、
 「ああ、吉原だな」と分かる、ということのようです。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑦

心学早染艸07

理太郎は悪たましいに導かれて、吉原に来ました。
見物だけして帰ろうと思っていたけれども、
中ノ丁の夕景色を見てから、いよいよ悪たましいに心を奪われます。
  
とある茶屋を頼んで
三浦屋のあやしのという女郎をあげて遊んでいたが、
たちまち魂は天上に飛んで、帰ることを忘れ、
さらに正気はなくなってしまいました。

心学早染艸07 芸妓さん
 
   酒に 明かさぬ 宵(酔い)もなしィ 
       それがどうしたァ もの狂い~
  
たましいは、宙にとんで踊りをおどる。
  
  悪たま「そっこでせい」
  悪たま「よいよい」
  悪たま「アリャアリャ」

心学早染艸07 踊る悪たましいアップ
  
  理太郎「ああ、いい匂いがする。岡本の乙女香という匂いだ」
      「ああ、おもしろい、おもしろい!
       こんなおもしろい事を、今まで知らずにいたとは残念だ」

心学早染艸07 理太郎とあやしの



中ノ丁:吉原のメインストリート。
     暮六ツ(午後6時)の鐘とともに夜見世(夜の部の営業)が始まるため、
     三味線が鳴り、張見世(女郎が格子の内側に並ぶ)がおこなわれ、
     一斉に賑やかになり、男どもは気もそぞろになったとか。
     葛飾応為「吉原格子先の図」(←参考に:葛飾応為「吉原格子先の図」)

茶屋:ここでは引手茶屋=お座敷屋のこと。
      引手茶屋は遊郭と客の間をとりもつ仲介業も兼ねていて、
      遊女だけでなく芸者、太鼓持ちなども手配していたようだ。

三浦屋:吉原にかつて実在した女郎屋。
      有名な太夫「高尾」を抱えた高級店だったようだが、
      この本が出版された寛政の頃には三浦屋は絶えていたようだ。
      天保年間頃に再び登場した「三浦屋」は別の店。 

【参考に】遊郭遊びについて
   吉原では座敷で遊ぶと、遊女への花代と料理や酒の代金のほかに、
   同席する番頭新造(マネージャー)、振袖新造、芸者(2人1組)、
   太鼓持ち、茶屋の亭主、やり手(目付け役の婆さん)、若い衆など
   それぞれにご祝儀が必要で、一晩遊ぶだけでものすごくお金がかかった。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑧

心学早染艸08 右 床入り

かくして床におさまり、ほどなく女郎がきたので、
かの悪たましいどもは女郎の手を取って理太郎の帯をほどき、
肌と肌をぴったりと抱かせ、
理太郎の手をとって女郎の襟元へぐつとさしこむと
理太郎は白身がとろけるような心持ちになりました。

  あやしの「もっとこっちへ、お寄んなんし。おお、冷てえ」
    
  悪たま「がってんだ!がってんだ!」
    
  店の者「二ツ 今晩はこれきり ドンドンドンドン」
    
  悪たま「ちょっとしくじったか どうする するもんだ」

心学早染艸08 左 災と善たま

長い間、理太郎の体に住み
忠義を尽くしていた善いたましいは、
不意に悪たましいに襲われて縛られ、
理太郎の身がどうなったかと心配していましたが、
誰も縄を解いてくれる者もなければ、
ひとり気ばかりが焦っていました。
  
この場面には、忠五郎か伊三郎の
独吟のめりやす
あって、しかるべし。   

  善たま「俺が矢口の兵庫の女房、 
       信仰記の雪姫というものだ」



忠五郎か伊三郎の~:要するに、この場面ではしんみりした長唄が欲しいと言っている。  
           
忠五郎:長唄の松永流の流祖・松永忠五郎(初代)、
伊三郎:芳村流の始祖、芳村伊三郎(初世)。
      忠五郎と伊三郎は二人とも、江戸後期に活躍した長唄の名手。

独吟:三味線の伴奏のみで唄方が1人でうたう長唄。
     歌舞伎のしんみりした場面などで、役者の動きに合わせて効果的に演奏される。

めりやす:アドリブで長さが変わる長唄のこと。
       舶来のめりやす布は、伸び縮みすることから。

矢口の兵庫:歌舞伎『神霊矢口の渡』に登場する由良兵庫之助。
         敵の足利軍の謀略かかり、主君とともに自害した。

信仰記の雪姫:歌舞伎『祇園祭礼信仰記』に登場する姫。
           桜の木にしばられ、足でネズミの絵を描き窮地を脱することで有名。

心学早染艸(しんがくいはやそめぐさ)⑨

心学早染艸09

悪たましいが夜通し踊りくたびれて、
女郎の懐に入りすやすやと寝入ると、
理太郎は急に門の方が気にかかるようになります。
  
  理太郎「俺はどうして、ここに来たんだろう…
      なぜそんな気になったんだろう…」
  
夢から醒めた心地になり、口もきかずに帰ろうとしたそのとき、
さわぎに悪たましいが目を覚まします。
  
悪たましいが「帰してはならじ」と理太郎の体に飛び込むと
理太郎の心はまた変わり、ついに廓に居続けようと決めたとき
善いたましいがいましめの縄を引き切り、
理太郎に一目散にかけより手をとって連れ帰ろうすると
悪またしいも帰すまじと引き止めます。
  
理太郎は左に引っぱられる時は
「アゝ、いっそ居続けよう」と言い、
右に引っぱられる時は 
「イヤイヤ、はやく帰ろう」と言い、
行きつ帰りつ、考えがコロコロ変わるのでした。

たましいの姿が、凡人の目には一向に見えないので、
茶屋の男は「けしからん身振りをする客人だ」という。

  あやしの「お帰りになろうとも、居続けようとも、しやしない。ばからしいよ」

  悪たま「井戸替えという身だ、コレ屁をひらつしゃんな」
  悪たま「ヨイサア/\ ヨイサア/\ 」



居続け:延長のこと。
      当時、吉原で居続けすると、大見世なら4~5日で百両
      (現在のお金に換算して700~800万円くらい?)かかると言われていた。
  
井戸替え:井戸さらい。井戸の中を空にして掃除すること。
       夏の行事で、大勢で協力して綱を引く必要があった。
       井戸替え
        ↑『江戸府内絵本風俗往来』(明38年 著:菊池貴一郎/出版:東陽堂)より
         「七月七夕 井戸さらひの綱を曳く」

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野暮天のサチ

Author:野暮天のサチ
江戸のおもしろ文学『黄表紙』を読み始めて1年余り。
ど素人の独学なので試行錯誤中ですが、あまりにも面白いので、みんなにも「黄表紙読み」をお勧めしたいと思ってブログをはじめました。

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