ど素人、黄表紙をよむ

独学で黄表紙を読み、悪戦苦闘の成果をさらす。恥知らずの野暮天ですみません。

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人間一生胸算用⑭

人間一生胸算用14

こうして、無次郎の体はことのほか騒がしくなり、
気はだんだん太くなって、
毎晩毎晩、吉原へ通ったので、
なんぼカネのある身代でもそうそうは続かず、
この頃は大きい借金ができて行かれぬようになった。

そこで口が進み出て、 
 「おばさまのところへ行き、
  わたくしが口弁口(くちべんこう)をもって金を借りましょう」と、
みなみな連れ立ち、おばのところへ仕掛けに出る。

目はそら泣きに泣き、そら涙をこぼせば、
そばに手がいて拭いてやる。

  気 「ここで一番、目から鼻へ抜け出るようなウソをつこうと思うが、
     鼻をつれて来ぬが悔しい」

  口 「このたびの金子(きんす)をお貸しくだされぬと、
     わたくしは、あい果てねばなりませぬ。
     かなしや、かなしや」
     …と、空々しい嘘をいい、後ろを向いて舌を出している。

人間一生胸算用14 叔母さんアップ

  おば 「そなたはそんな心ではなかったが、気が違ったか。
      双親の苦労されたのをちっとは考えてみたがいい。
      …と、このような事を言っても、とても用いはせまい。
      石仏に願を掛けるようなものじゃ」

足はうしろに縮こまっていてシビレをきらし、
ひたいに塵をつけて、我慢している。

耳は何の所詮もなく、
人がざわめいてるので此処へ一緒にきたが、
大いに耳を塞いでいた。

  耳 「こんな冴えぬ事を聞くと知ったら、来まいものを」



口弁口:たくみな弁舌。

あい果てねば:死ななければ

ひたいに塵をつけて:足の痺れを取るおまじない。
               狂言の演目『痿痺(しびり)』にも出てくるので
               有名なおまじないだったと思われる。

※背景「登楼万里」のついたてについて
 「登楼万里」は盧僎(ろせん/西暦708年頃に活躍した中国の詩人)の
 『南楼望』という作品に出てくる一節で、
 城壁の望楼にのぼって万里が春めいているのを眺めながら、
 故郷から遠く離れた寂しい心境を詠ったもの。
 ところがなんと、江戸では遊郭にあがることを「登楼」というのです。
 吉原への道は果てしなく長いのでございます^^;

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野暮天のサチ

Author:野暮天のサチ
江戸のおもしろ文学『黄表紙』を読み始めて1年余り。
ど素人の独学なので試行錯誤中ですが、あまりにも面白いので、みんなにも「黄表紙読み」をお勧めしたいと思ってブログをはじめました。

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