ど素人、黄表紙をよむ

独学で黄表紙を読み、悪戦苦闘の成果をさらす。恥知らずの野暮天ですみません。

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方言競茶番種本⑤

■太五助の切腹

太五助とトンビ

  太五助 「さてもそれがし、仰せをうけ、
       豆腐を買い求め立ち帰らんとせし所に、
       いづくよりかは来たりけん、鳶(とんび)一羽、舞い下がり、
       豆腐を目がけるその有様。
       "シヤ、こしゃくな"と身をかわし、
       小石をとって打ちつけ/\、いどみ争うそのうちに、
       四方を見れば、これはいかに。

       いつの間にか二羽三羽、四ツ谷鳶を初めとして、
       しわの山の尻きれとんび壇ノ浦の八艘とび
       黒とび赤とび横っとび、
       爪研ぎすまして、それがしに、輪をかけてこそ取り巻いたり。

       すわ、一大事と根(こん)限り、命限りと支えけれども、
       多勢に一人かなわばこそ、あたまも顔もかきむしられ、
       無念ながらも小半丁、つかみひしがれ候」

と、大息ついで物語る。

太五助の話すうちより呑太夫、青筋出して大きにせい立ち、

台所の戦い

  呑太夫 「ヤア、不覚なり太五助。
       先刻の広言にも似ず、
       とんびに豆腐を茶々むちゃくちゃにされながら、
       生づらさげて立ち帰ったる、うつけ者。
       目通り叶わぬ、すさりおろう」

と、有り合わせた摺粉木(すりこぎ)とって打ち付けられ、
身のあやまりに太五助は、さしうつむいて居たりしが、

  太五助 「ヲヽ、そうじゃ。
       この摺粉木にて腹を切るが、お旦那へ申し訳」

と、両肌おしぬぎ、既にこうよと見えければ、
おなべは慌て、すがり付き、

怒られた太五助  おなべの顔アップ

  おなべ 「またしゃんせ/\」

  太五助 「イヤとめるな、はなせ/\」

  おなべ 「イヽエ、はなさぬ」

  太五助 「さてしつこい、主人へ申し訳の此の切腹、何ゆえ思いとどめる」

  おなべ 「イエ/\、腹きらしゃんすを止めはせぬ。
        今お味噌をするゆえ、このすりこ木が入用じゃ」

と、ひったくられて太五助が、それやってはとむしゃぶりつけば、
呑太夫、はったと睨めつけ、

  呑太夫 「ヤア間抜けの太五助、汝が腹きりたるども、
        なんの糸瓜(へちま)にもならぬ事、
        それよりかは我にひとつの功をたてよ。
        その時は許しくれん」

  太五助 「ハヽッ、有難き旦那のお言葉、死なんとまで覚悟せし太五助が一命、
        お助け下さる上は、いかにもこの身の御恩返し。
        ひとつの功を立てたる上は…」

  呑太夫 「ヲヽ、いうにや及ばず。くどい/\。
        …が、それよりも差し当たって、
        小半丁の豆腐が延引に及びては、横好殿へ馳走にならず。
        ハテ、どうがな…」

と思案の内、下手の横好出て来たり。



四ツ谷鳶:四ツ谷で作られていた鳶の形をした凧。
        これを四羽の鳶とかけて洒落ている。

しわの山の尻切れ鳶:よくわからなかった。
               「しわ」は紫波の山と「四羽」をかけている?
               「尻切れ鳶」は「尻切れトンボ」と同意語。終りがはっきりしないこと。

壇ノ浦の八艘とび:いわゆる"義経八艘飛び"のこと。
             壇ノ浦の戦いで、平教経に襲われた源義経が
             船から船へと飛び移り八艘の彼方に飛び去ったという伝説。
             「とんびと関係ないがな!」と突っ込みたい洒落。
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方言競茶番種本④

■酒本家のお台所

お勝手の方では、にわかに騒ぐ下女はした。
お茶よ、お菓子よ、煙草に盆、ガタヒシ開くる、ひと間の障子。

呑太夫の顔アップ

あるじ呑太夫ずっと出て、

  呑太夫 「コリャ/\女ども。
       横好殿へのもてなし、御酒・肴の用意いたせ。
       おなべ、それなる釜の下、こっぱクズか炭俵、
       心附け木に火をうつし、焚きたて焚きたて、湯をわかせ。
       その内棚なる鰹節箱(かつぶしばこ)、
       おろしてごし/\、合点か。早う/\」

と下知すれば、
「心得ました」と下女おなべ、鰹節箱を引出せば、
呑太夫はっと心付き、

  呑太夫 「コリャ/\おなべ、もしも油断を見すまして、
       鰹節を猫めがさらわば、いかに/\」

おなべと猫 (←下女・おなべ)

  おなべ 「ハヽ、仰せの通りでございましょう。
       その時こそは床の下、天井屋根うら揚板の、
       下に猫めが隠るるとも、命にかけて訪ね出し、
       この板の間に鼻づらを、こすってお目にかけましょう」

  呑太夫 「ホヽでかした/\。
       シテ、新参の太五助めはいづくにおる」

太五助アップ (←奉公人・太五助)

  太五助 「ハヽッ、拙者めに御用かな」

  呑太夫「いかにも/\。
      その方、是より新道(しんみち)の豆腐屋へまかりこし、
      豆腐小半丁とってまいれ。早う/\」

  太五助「ハヽッ、委細、承知仕る」

と、そのまま飛びおり、尻ひっからげ、太五助いさみの声高く、

  太五助「豆腐の御用をつとむるそれがし、
      もしもや切れたのなんのかの、
      酢のこんにゃくのとぬかすが最期、
      その豆腐屋の宿六(やどろく)めが、
      そっ首を引き抜き立ち帰らん」

と、踊り上がれば、おなべはぬからず

  おなべ「イヤ/\/\、血気にはやるは油揚(あぶらげ)/\、
      奴どうふと侮られ、田楽ざしの用心あれ」

  太五助「ハヽヽヽ、いらざる世話を焼き豆腐

と、味噌こし小脇にかいこんで、飛ぶがごとくにかけり行く、
あと打ち見やり、

  呑太夫「エヽ、しなしたりわすれたり。
      ついでに大根唐辛子、葱もいつしょに買わすべきもの、残念/\。
      コリャおなべ、太五助を呼び返せ」

と、言う間もあらせず立ち帰る、
太五助が大わらわ、表口より大音上(だいおんじょう)…



酢のこんにゃくの:なんのかんの。あれやこれや。

宿六:ろくでなし

油揚げ油揚げ:「あぶない、あぶない」とかけた洒落。

奴どうふ:奴(やっこ)=雇われの身分の低い者、とかけた洒落

田楽ざし:反撃にあって串刺しにされることを、田楽に例えている。

世話を焼き豆腐:「世話を焼く」と「焼き豆腐」をかけて、
         おなべの洒落に洒落で返している。

方言競茶番種本③

■不意の来客―下手の左衛門横好

こんな折から玄関先、「不時のお客の御入りなり」と、
わめきたてる声につれ、この家の主(あるじ)呑太夫、
衣紋あらため出迎えれば、入り来る客も浄瑠璃好き。

諸事、人形の身振りにて、悠々として座につけば、
呑太夫威儀を正し、

呑太夫の顔アップ (←呑太夫)

  呑太夫 「コレハ/\、下手左衛門横好(へたのさえもんよこずき)どの、
       まずもって御健勝で珍重/\」

下手横好の顔アップ(←下手横好)

  下手横好 「されば/\、其元(そのもと)にもご安体。
        それはともかく、只今それがし、まかり越したは、
        チト折り入って其元へ御無心申すことがござるて。
        ナントお聞き届け下さりょうや」

  呑太夫 「コレハ/\御挨拶。
       日ごろ貴殿とは水魚の交わり、申さばお互いのこと。
       御用あらば何なりとも」

  下手横好 「ホヽヲ、早速の御得心、まずは喜び申し上げる」

  呑太夫 「シテ、その御無心とは何の御用」

  下手横好「イヤ、特別の事情でもござらぬ。
       今日それがし所用あって、御門前をまかり通る折から、
       かねて昨夜より虫腹をこうむり、
       はばかりながらくだり続け、只今も腹痛はなはだしく、
       しきりに大用きざしけれども、
       さしあたってしかるべき雪隠(せっちん)も見え申さず、 
       如何はせんと存ぜしところ、はからずも貴殿の御宅を見受け、
       これ幸いと雪隠の御無心に参ったり。
     
       何とぞ御大事のものながら、しばらくお貸し下さらば、
       しこたま下してこの苦痛を助からんことを、
       生々世々(しょうじょうせせ)の御高恩、ひとえに願い奉る」

と、言う顔さえも青ざめて、ガチガチ震えて頼むにぞ、
呑太夫納得し、

  呑太夫 「ハヽア、近ごろの御辛抱、察し入る。
       イデ、雪隠(せっちん)を御用立てん。
       ヤア/\誰かある、手水鉢(ちょうずばち)に水を入れよ、早う/\」

  下手横好 「イヤ/\、お構いくだされるな。
        はなはだ早急になって参ったれば、すぐさまこのまま」

  呑太夫 「しからばご案内仕らん。
       貴殿のお腹くだるとござらば、イザびりついて、ござりませ」



雪隠:便所。かわや。

:すっきり。

方言競茶番種本②

方言競茶番種本

■浄瑠璃大好き酒本家と、奉公人の太五助

鸚鵡(オウム)がよくものを言っても、声色を使わず、
せいぜいよく喋ったとしても潮来曲(いたこぶし)を歌わない。
人として生まれて声色潮来をうたわぬのなら、
日待ちの茶飯を、大っぴらに喰らうに値しない。
        
この例ではないけれども、これもまた浄瑠璃坂の片すみに、
酒本呑太夫(さけもとのんだゆう)という浪人があった。

妻も夫に連れ節とばかり、好む道といって下女・はしたまで、
家内のこらず諸事万事、みな人形浄瑠璃の仕草にて、
やってくる客人(まろうど)、諸商人(しょあきんど)も、
その心意気をかねてより、ぐっと合点している。

口入れのちょん兵衛、門口から小腰をかがめ、

  ちょん兵衛「ハイ、お頼み申し上げまする、
        酒本呑太夫様というのは、ご在宅でござりまするか。
        この間、仰せ付られました奉公人、召しつれて参りました。
       
        …コレ太五助。
        道々も言う通り、このお宅の旦那様はいたっての浄瑠璃好き。
        それゆえ朝夕なんでもかでも、
        みな浄瑠璃でやり付けねばお気には入らぬ。
        
        幸いそなたも浄瑠璃好き、これぞご注文の奉公人、と
        思ったゆえのわれらが口入れ。
        コレ必ず、ぬかるまいぞや」

…と、言い聞かせれば、太五助うち頷き、
しめし合わせて奥の間より、
この家の女房・お酌が立ち出で、

お酌アップ

  お酌 「ヲヽ、ちょん兵衛どのとやら、大儀大儀。
      委細はあれにて聞きました。
      シテ、その奉公人といやるのは」

  ちょん兵衛 「ハイヤ、すなわちこれなる男、名は太五助と申しまして、
         随分と実体者(じっていもの)、浄瑠璃は大の好物(すき)で 
         ござりますげにござります」

  お酌「ヲヽ、それさえ聞いたら、生国・身元をただすにも及ばぬ。
     しかしまた、他にもなんぞ言っておくべき事もやあるか」

と尋ねれば、太五助、板の間に平伏し、

太五助アップ

  太五助「ハヽッ、お尋ねに預かり、申し上げるもおこがましけれど、
       お庭廻りのはき掃除、お旦那のお髪、月代(さかやき)、薪もわり、
       飯も炊き、小料理もちくとんばかり、ちょっとお客へお吸い物、
       心得田んぼ酒の燗、あつ焼き玉子、ウド三つ葉、
       包丁とってトントントン、とんと抜け目は内証の、
       お徳用にはこの男、
       第一小食くわずとも、患わぬこと、請け合い/\その上に、
       お給金はなんぼでも、安いが望みでござります」
 
と、小鼻をいからして喋った。お酌は悦び、

  お酌 「ヲヽ、でかした/\、いさましい奉公人。
       呑太夫どのも、さぞお喜びであろうわいの」

  ちょん兵衛 「ハヽ、まずは奥殿の御意に入って、拙者めが安堵。
         このうえ旦那へおとりなし、お願い申し上げます」

と、いとま乞いしてちょん兵衛は、おもての方へ立ち出れば、
お酌は奥へ太五助を、伴いてこそ入っていく。



日待:朝のご来光を拝むために、夜通し開かれる酒宴。
    最初は信仰由来の行事だったが、
    そのうちちょっとした宴会の名目になっていったらしい。

はした:雑用係りの身分の低い女性。はしため。

口入れ:年季奉公の奉公人を用立てる手配師。口入屋。

実体者:まじめな者。実直な者。

月代:武士のおでこの剃ってある所。また、それを剃る仕事。

ちくとんばかり:ちょっとばかり

心得たんぼ:「心得た」と「田んぼ」をかけた洒落。
       歌舞伎の『下郎売(ういろううり)』に出てくる、
       威勢のいい口上の中の一節。

方言競茶番種本①

『方言競茶番種本(むだくらべ ちゃばんのたねほん)
 ―左右ハ虎の皮の褌 此方にも荒神様―』


発行:文化12(1815)年 初春
作:十返舎一九
画:歌川国直
板元:鶴屋金助
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_01927/index.html

この本は庶民むけの滑稽本で、アホな設定に下ネタ満載となっております^^
本文は人形浄瑠璃の底本(台本)のような態で書かれていて、
七五調を多用した語感がとても気持ちよいです。
この語感(リズム)をくずしたくなかったので、現代語訳は最低限にとどめました。

また、登場人物のせりふ部分には便宜上、
名前とカギかっこを付けましたが、
原文ではカギかっこも名前も入っていません。
(浄瑠璃なら、声色や人形の動きで表現するでしょうからね)
なので、せりふの名前部分を飛ばして読むと、
原文に近いリズムがお楽しみいただけるかと思います。

オチが鮮やかでカッコいいですよー^^

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序文

(序文)

こっけい義太夫の竹本男徳斎(たけのもとなんとくさい)による
国性爺(こくせんや)の宿替えも、    
(ども)の又平による大津絵のちゃり場も、   
世に演じられること、しきりである。

今、先人(近松門左衛門)のまねをして、
私がこの書を著すことは、しかしまったく拠り所がない訳でもない。
私は以前に浪速へ上った際に、
故・近松東南の妻女から、浄瑠璃の仕事を一本受け得たこともある。
これを書くために調べて、
浄瑠璃のちゃり場をおおむね抜き書きしたのである。

その中から思いついて、
この道に通じた好士が節付けをされれば、
月待日待の宴の一興となって、
茶飯腹を消(こな)していただくことはできないかと、
例の『方言競 茶番種本(むだくらべ ちゃばんのたねほん)』と 
題したのである。

文化 亥初春
東都 十返舎一九志



武本男徳斎:初代。江戸中~後期に活躍した浄瑠璃太夫。

国性爺:浄瑠璃や歌舞伎の演目『国性爺合戦』。

吃の又平:浄瑠璃『傾城反魂香』に出てくる絵師。
      吃音のために出世できず、大津絵(お土産物のイラスト)を
      描いて暮らしている。
      ちなみに『国性爺~』も『傾城~』も近松門左衛門の作。

ちゃり場:芝居の笑い要素の多い場面。

近松東南:大坂の近松門左衛門の門下の、浄瑠璃作者。
      十返舎一九は武士として大阪に赴任していた時代に、
      東南の世話になって作家修行をしたらしい。

月待日待:月見や日の出を待つ酒宴。
      最初は信仰由来の行事だったが、
      江戸後期頃には宴会目的の行事になっていったらしい。

茶飯:番茶で炊いたごはん。月待日待で供される。

茶番:素人が演じる即興芝居

種本:ネタ本

人間一生胸算用⑱

人間一生胸算用18

こうして、無名屋無二郎はいよいよ大極上上吉の人間となり、
ホッとため息をつく拍子に京伝を吐きだすと、
京伝は出るより早く筆を押し取り、
右の始終を三冊の草紙につづった。

京伝は吐き出されてみたところが、
無二郎の風俗が以前と変わり、半通のなりかたちになったので
いよいよ心機一転したのだと分かった。

(口から後光がさすと、言いっこなし)

人間一生胸算用18 無二郎アップ

  無二郎 「オヤ、おめえは俺が腹の中にいたか。
       これはこれは、知らなんだ。
       おめえは腹の中にいて知るめえが、
       俺も大かぶりに被っての、このごろ目が覚めたよ」

人間一生胸算用18 京伝アップ

  京伝 「コレ無二郎。
      きさま“めでめで”と言わっし、
      俺が“たしたし”と言うから。
      “めでたし、めでたし”と言わねえと
      草双紙のしまいは気にかかる」

(おしまい)



大極上上吉:当時流行っていたランキングのトップの格付け

三冊の草紙:この本の現物は、上・中・下巻の三冊セット。

半通:イケてない人。「通」の半分で半通。

大かぶり:大失敗、大借金。


人間一生胸算用⑰

人間一生胸算用17右 善たましい

京伝は無次郎の体の中、三百六十の骨を尋ねたところで、
頭のてっぺん、ひよめきの辺りに、
心がまごまごしているのを見つけ、
元の胸のところへ連れ帰ろうとしたところ、 
またここに、先だっての善たましいが現われて言う。

  善たま 「こういう事になるだろうと思ったので、
       京伝を体の中へ入れおいたのだ。
       それ、孟子も“生は善なり”といって、
       天から生まれついた心はみな善き心だ。
       けれども、それぞれの心の緩みから気というものが動き出し、
       目・口・耳・鼻が心の下知を受けず、このように国が乱れる。
       これは、心が緩む故のことなのだ。
       この品を持って、みなみなの心を正しく直しなさい」

善たまはこう言って、あの三つの物を授けなさった。

人間一生胸算用17右 心とミニ京伝

京伝はここで一番、
知ったかぶりにチンプンカンを言いたい事は山ほどあるが、
放っておこうと思って、かいつまんで言った。

  京伝 「ハイハイ、かしこまりのトロロ汁さ」

人間一生胸算用17左

さて 京伝は心を堂々と元の胸のところへ立ち返らせると、
心はあの授かった三色の中を開き、
清心の医書を耳に読んできかせ、
次に地獄の絵図を目にみせ、
また、太神宮の清く潔き洗い米を口にのませ、
さらに神器五条の縄をもって足手をしばった。

すると、気も自ずから本性に返り、
みなみな始めのごとく心を尊み、
心もまたおのれを慎み、みなみなもよく心の下知を守れば、
無二郎の体の戦は、たちまち収まった。

  心「これみんな、言いてえ洒落もあろうが、もう言わず、しやんなよ。
    版元が来て、だいぶ書き入れが多くて読みにくかろうと言ったぜ」



ひよめき:頭頂部の近くにある頭蓋骨の継ぎ目。
       黄泉の国への入り口という意味もある。

三色:単に「三種類のもの」という意味と、仏教用語の「三色」の意味がある。
    仏教の「三色」とは、煩悩によって汚れている人間の様々な要素のうちの
    「色」として分類される五根・五境・無表色の三要素。
      ・五根=眼・耳・鼻・舌・身
      ・五境=色・声・香・味・触
      ・無表色=表象的には表れないもの
     (京伝は結構な知識人なので、こういうの調べるのが疲れる…^^;)

清心の医書:心の熱を冷ます医書。
         「清心○○」という漢方薬の処方が江戸時代から行なわれていることから、
         蘭学ではなく漢方学の医書であろう。
        
太神宮の洗い米:神仏にお供えした洗い米は、清浄で霊験があると考えられていた。

人間一生胸算用⑯

人間一生胸算用16右

かくて、おばの所で借りた金も、
足と手がガラリと使い切ってしまったけれども、
憎いといって足手を切っても捨てられず、
今はなすすべもなく、いろいろ思案していた。

ところがそこに、
このごろ近所で富くじをとった者がある事を耳が聞き出し、
その金を受け取るところを目が見て帰ると、
気はグッと悪くなり、手に言いつけて、
ある夜、密かにその金を盗みにやった。

しかし、盗み損なって見つけられたため外聞が悪く、
無次郎の体、いまは町内にいられず、
てんでんに諸道具をもち、足めの向くのに任せて、
夜逃げしているとは酷いことだ。

人間一生胸算用16 目口鼻アップ

  目 「詰まらぬものだ、みんなのザマをみたか。
    いい目の寄るところへザマが寄るとは、この事か」

  口 「おらァ、いつそ元手を工面して、
     ちっと汚ねぇが小間物見世でも出すべい」

  鼻 「ナニサ、ビクビクさっしゃんな。
     後ろにゃァ、この鼻が控えている
 
人間一生胸算用16 耳手アップ

  耳 「これ、静かに話しやれ。壁にも俺という事がある」
 
  手 「おらァいっそ、てんぼう正宗が処へ手間仕事にでも入ろう」

人間一生胸算用16 足アップ

  足 「今夜はとんだ寒い晩だ、足袋(たび)を被って来ればよかった。
     俺もこれから、かかとで巾着でも切らねばならぬ」
 
人間一生胸算用16左

かの京伝は、右の始終をとくと見ていたが、
思いがけなくも暫くこの体を住みかにして、
殊に友達の無二郎の体の事であれば、
いかにも気の毒なことだと思う。

しかし意見をしたくても、
当人の体の中にいるのでそれもできず、
これは全く、心が心の居所にいぬゆえの事だと、
鉦太鼓をならして心の行方をたずねた。

   迷子の迷子の 無二郎が心やァイ
     チキチャンチキ チャントコトン

これはしまった。これでは壬生狂言の拍子になってしまう。

  京伝 「足のつま先から背中あたりまで二、三べん尋ねたが、見えねえ。
      無二郎かけて逃げるそうで、この国が豪気な地震だ。
      ここらはスジが多くて歩きにくい。サツマイモなら全くダメだ」



俺がひかえている:掛け取りや追っ手の襲来に鼻を利かせて備えている、という意味。
    
壁にも俺:諺「壁に耳あり、障子に目あり」とかけている。

てんぼう正宗:浄瑠璃《新薄雪物語》の登場人物・団九郎のこと。
        団九郎は伝説の刀工・正宗の出来の悪い息子で、
        父の正宗から手を切り落とされてしまう。
        手首から先がない手→手ん棒→「てんぼう正宗」と呼ばれるようになった。

巾着を切る:スリをする

人間一生胸算用⑮

人間一生胸算用15右

そうして皆々、おばをだまくらのごんごうにして、 
よほどの金子を借りて帰り、
吉原の借金を払ってまた遊ぼうと喜び、
その夜はみな休んだところ、
足はおばのところで久しく尻の下に敷かれていたので
大変くたびれて寝そびれていた。

足はあまりに辛く思い、
「みんながお楽しみの中で俺ひとり
 大人しくているのも大バカだ」と思案を極め、
ふと悪が兆して、その夜、密かにかの金を半分盗み出し、
江戸芸者におかみを引き連れ、通し籠で江ノ島、鎌倉と出かけ、
どうせ我が物ではないと思い、
多くの金をやたらみっちゃに奢ってしまう。

なるほど、足が贅沢するといってもせいぜい、トロい籠くらいのところなのだ。

  足 「籠に乗り詰めも大儀なものだ、ちっと歩いて休もう。
     手前ェたちはくだびれはせぬか。 
     その代わり、活きたカツオを食わせるぞ」

  芸者「だんな、もし。
     江ノ島はゑびすやになされまし」

人間一生胸算用15左

その後の半分の金は、その夜また手が盗み出し、
「足めは良い事をしおった、
 さて、我もチと楽しんで賭けてみよう」と、
気晴らしにと博打にかかり、おおいに負けこけてヤケを起こし、
大喧嘩をはじめて相手の頭を握りこぶしで打ち
傷をつけると大騒ぎとなった。

口を連れて来ないから手はただ、
だんまりで殴り合った。

 男 「これこれ、喉がつまらァ、離してくれ。
    真綿で首をしめるとは聞いたが、
    わりゃァ、裸で首をしめるな」

 博徒 「刀は武士の魂、出刃包丁は競い(きおい)の魂だ。
     覚悟しやァがれ!」



だまくらのごんごう:「騙くらかす」と「鎌倉の金剛」をかけている。
 
やたらみっちゃ:むちゃくちゃに

だんまりで:江戸の喧嘩は「ヤイヤイヤイ!」と啖呵を切ってはじまるのが常で、
       無言でいきなり殴りつける姿は異様である。

競い:ここでは任侠、勝負師のこと。


人間一生胸算用⑭

人間一生胸算用14

こうして、無次郎の体はことのほか騒がしくなり、
気はだんだん太くなって、
毎晩毎晩、吉原へ通ったので、
なんぼカネのある身代でもそうそうは続かず、
この頃は大きい借金ができて行かれぬようになった。

そこで口が進み出て、 
 「おばさまのところへ行き、
  わたくしが口弁口(くちべんこう)をもって金を借りましょう」と、
みなみな連れ立ち、おばのところへ仕掛けに出る。

目はそら泣きに泣き、そら涙をこぼせば、
そばに手がいて拭いてやる。

  気 「ここで一番、目から鼻へ抜け出るようなウソをつこうと思うが、
     鼻をつれて来ぬが悔しい」

  口 「このたびの金子(きんす)をお貸しくだされぬと、
     わたくしは、あい果てねばなりませぬ。
     かなしや、かなしや」
     …と、空々しい嘘をいい、後ろを向いて舌を出している。

人間一生胸算用14 叔母さんアップ

  おば 「そなたはそんな心ではなかったが、気が違ったか。
      双親の苦労されたのをちっとは考えてみたがいい。
      …と、このような事を言っても、とても用いはせまい。
      石仏に願を掛けるようなものじゃ」

足はうしろに縮こまっていてシビレをきらし、
ひたいに塵をつけて、我慢している。

耳は何の所詮もなく、
人がざわめいてるので此処へ一緒にきたが、
大いに耳を塞いでいた。

  耳 「こんな冴えぬ事を聞くと知ったら、来まいものを」



口弁口:たくみな弁舌。

あい果てねば:死ななければ

ひたいに塵をつけて:足の痺れを取るおまじない。
               狂言の演目『痿痺(しびり)』にも出てくるので
               有名なおまじないだったと思われる。

※背景「登楼万里」のついたてについて
 「登楼万里」は盧僎(ろせん/西暦708年頃に活躍した中国の詩人)の
 『南楼望』という作品に出てくる一節で、
 城壁の望楼にのぼって万里が春めいているのを眺めながら、
 故郷から遠く離れた寂しい心境を詠ったもの。
 ところがなんと、江戸では遊郭にあがることを「登楼」というのです。
 吉原への道は果てしなく長いのでございます^^;

人間一生胸算用⑬

人間一生胸算用13

かの朝帰りの時、足が思ったのは、

 「みんな、ほかの手やいはそれ相応に楽しみがあれど、
  我は骨を折るばかりで面白い事はちっともなし。
  せめてくたびれを休めよう」

と、気にねだって、我ひとり気にせず籠に乗って帰る。

  足 「おいらは遊びに来るよりは、
     うちでコタツへ踏んこんで、のびのびとしていたい」

  手 「足をば、いつでも籠にのせるがいい。
      ひょっと犬のクソでも踏むと、俺が拭いてやらねばならぬから恐ろしい」



※「気」が被ってる頭巾について
 当時、吉原に通うのに黒い頭巾を被るのが流行った。
 元は身分の高い者が、頭巾や笠で顔を隠して郭に通っていたものが、
 やがて吉原通いを自慢するのが目的で、
 かえって目立つ黒頭巾を被るのが流行るようになったらしいです。


人間一生胸算用⑫

人間一生胸算用12

きぬぎぬの朝となったので、
「足がなくては帰られず」と足を呼びにやれば、足はいそいで来た。

足がみなみなを守護して帰ろうとしても、
気ばかりはとかく後へ残り埒があかぬので、
ようよう騙して連れ帰る。

人間一生胸算用12 気と女郎


  気 「なんだ、言い残した事がある?
     そんなら待て、耳が先に帰ったから呼び返して聞くべい」

  女郎 「どうも返したくおっせんよ」

…などと、いつもの合わせ鏡
足が急いではしごを降りたときは、
気はまだ二階に残って困らせる。

 足 「サア旦那、どうでござりやす。それは未練、未練」



きぬぎぬの朝:男女が一夜をともにした後の、別れの朝。
           ちょっと古風で雅な言い回し。

合わせ鏡:無限に繰り返すこと。
       「いい残したことがある」、「帰したくない」などと言って客を引き止めるせりふは
       朝に客を見送る女郎の決まり文句だった。


人間一生胸算用⑪

人間一生胸算用11

「ほんに気がつかなんだ。
 女郎買いに肝心の手がなくては、ならずの森のオナガ鳥」と、
皆とりどりに言うので、気はなるほどと思いさっそく手をよびにやる。

そもそも手というやつは、
コキ使われるばかりであまり楽しみのないものなので、 
ここへ来ることは来たけれども、
他の者のように面白味もない。

ただ、お大尽の気が持っている花紙袋へ
遠慮なく手をつっこんで、 
太鼓、茶屋、やり手、若い者に祝儀をやり、
嬉しがらせて楽しむだけだった。

それから、床におさまると、
口は気のそばに付き添って、ここぞ我が働きを見せるところと
いろいろイラヤシイことを言ってやれば、 
女郎も大尽と見たので初会から面白おかしくもてなし、
末は大口説となり、女郎から
「もしえ、誠があらば、彫り物をしなんしョ」
と言われ、気がグッと甘くなり掘る気になると
無残や、手は背中へ「なにがし一心命」と
古風な雅名をほられる。

  口 「宵から聞きづめで 口がいっそ少なくなった。
     しかし俺から先に生まれたから、洒落させては負けはしない」

人間一生胸算用11 手のアップ

  女郎 「卑怯な。ジッとしていなんし」

  手 「俺が卑怯より、手前ェたちが卑怯ばかりするのだ。
     アア痛い、痛い!
     灸さえ嫌って据えぬものを、何も来ずともよかったのに。
     名をほりて血かたまるとは、俺が背中の事だ」 

手は退屈して、頭で(けん)をする。
「ちへさやァ」「ごうさい」

  茶屋 「昔、関羽は碁をうちながら腕の骨を削らせたというが、
      お前は拳をうちながら掘りものを掘らせるとは、
      豪傑、豪傑。」
  


ならずの森のオナガ鳥:「できない」という意味の地口。
             なお、地口についてはプチ解説「江戸の流行語 地口」を参照されたし。
            (この頁の背景の屏風絵に尾長鳥の絵があるのに注目^^↓)
             人間一生胸算用11 オナガ鳥

花紙:吉原で使われていた超高級ティッシュで、
    それ自体がご祝儀として利用されていた。

太鼓:幇間(太鼓持ち)のこと。
    宴席で遊女と客の間を取り持つ役回りをし、彼自身が芸人でもある。

茶屋:お座敷屋の主人。ちなみに茶屋

やり手:茶屋や遊郭のご意見番。かつて女郎だった人がやる仕事。
     俗にいう「やり手ババア」とはこの人のこと。

若い者:茶屋の男性従業員

初会から~:吉原の高級遊女は、初会の客とはいきなり寝ないで、
       何度か会って経済状態や人柄などの様子を見てから
       旦那にするかどうか決まるのが普通だった。

大口説:口説くこと、または痴話喧嘩。
     馴染みの客(旦那)になる・ならないの激しい攻防があったのであろう。

彫り物:吉原は「夫婦ごっこ」の場なので、
      客が別の女郎に浮気するのはご法度。
      このため、女郎は金持ちの客は自分の馴染みにしようと必死になり、
      男客も吉原の通であることは大変自慢になるため、
      ○○命などと掘るのが流行した。

名を彫りて血かたまる:「雨ふりて地かたまる」にかけた洒落。
   
:じゃんけんや野球拳の先祖みたいな遊び。
   中国(呉)から伝わり、酒宴で盛んに行なわれた。
   掛け声やアクションなどいろいろな種類の拳があったらしく、
   土佐の「はし拳」が今でも有名。

昔、関羽は~:三国志に出てくる英雄・関羽は、毒矢が刺さった腕を治療する際、
          碁をうちながら腕を切り骨を削ったと言われている。

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野暮天のサチ

Author:野暮天のサチ
江戸のおもしろ文学『黄表紙』を読み始めて1年余り。
ど素人の独学なので試行錯誤中ですが、あまりにも面白いので、みんなにも「黄表紙読み」をお勧めしたいと思ってブログをはじめました。

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