ど素人、黄表紙をよむ

独学で黄表紙を読み、悪戦苦闘の成果をさらす。恥知らずの野暮天ですみません。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人間一生胸算用⑩

人間一生胸算用10

気は皆にそそのかされ、いよいよ気分まぐれ、 
女郎屋で大洒落にしゃれこむと、
みな、とてもの事に耳をもよびにやり、
面白いお目をさせようと人をやれば、目もさっそくやって来た。

口は、竹むらの上あんを取りにやって、しこたま喰らい、   
目は、廊下をウロウロあるいて美しいやつのすねの白いのをみて迷い、 
鼻は、留め木の香りにうつつをぬかし、
耳は、やたらに延長して芸者の妙音を聞いて楽しめば、
気は有頂天につるしあがって、さらに正体がなくなりました。

  目がいう。「アア、いずれを見ても、艶なそたちだ」

  太鼓持ち「お前さまは、上餡ばっかり召しあがりますね。
       上餡ばっかり五十六は、どうでございます」

  口 「あいたクチへモチとは、これが生写しさ。
     やつがれはおじぎなしに食べ、女郎の帯とシャレやす」

  (芸者)  わたしゃ おしどり よいわいな
         そうじゃ そうじゃ そのきでなければ
         はなされぬ ツンツテレテツトン
 
  耳 「ちっと、かんざしを貸しな。
    よく耳の垢をとって聞こう」

  気 「これ 気をつけろ。誰が俺の耳へ湯をかけた。
     寝耳に水と違って、起き耳に湯は難儀だぞ。
     耳をゆがいて、何に料理する気だ」



竹むらの上あん:吉原にあった上菓子屋「竹村伊勢」の上あん餅。
         竹むらの菓子は吉原名物にもあげられている。
         ちなみに上菓子は武家や金持ちのもので、餡菓子、餅菓子、煎餅などは高級な上菓子だった。
         (対して「駄菓子」「一文菓子」=庶民の日常のおやつ。干し柿、だんご、飴など)

女郎の帯:女郎の帯は前結びで結び目の巨大なので、
      おじぎして料理をいただくことができない。

留め木:香木のこと。これを燃やして衣服に香りを移しておくのが吉原のお洒落。


スポンサーサイト

人間一生胸算用⑨

人間一生胸算用09右

気は大勢にさんざん持ち上げられ、無性に気が大きくなり、
ある日、口を袖につれて向島の武蔵屋へ来て、
無闇やたらにおごりまくった。

口は、生まれてから初めてこんな美味いものを食い、酒もやたらに飲んで、
大いに鋭気はぐんぐん違ってきて笹の葉を担いで踊る。

酒を「きちがい水」というのは、これが所以であろうか。

気が、壬生狂言にきつねの憑いたような手つきをして踊れば、
口は、コケが心学を習うように茶碗をたたいて囃す。

  女給 「鯉のあらいも出しましょうか」

  目 「赤ら顔の小娘が呉服屋へ行ったように
     いっそ目移りがする」

人間一生胸算用09左
それから、気はいよいよ気がそれ、
「目にも美しいものを見せ、 
 鼻にも掛け香のあだな匂いを嗅がせよう」と
中ノ丁の夕景色を見せますと、
目・口・鼻、三人よって凡夫の知恵を出し、
気をすすめて、中でイッチ美しい人と思しき花魁を揚げさせにやる。
口はよだれを垂らして見ている。

  鼻がいう「アア、いい匂いだ。百助のところのクコをつけたそうだ。
       ちっと、小菊で鼻をかんで嗅ぐべい。
       今まではチリカミよりほかでは、かまなんだ」

目は正月を三度いっぺんにする気分で、
目のさやを外して眺めている。 



武蔵屋:向島の著名な料亭。鯉料理が名物。
     俳諧や狂歌の会が頻繁に開催されるなど、
     組連の集まるサロン的な使われ方もしていたようだ。
     ちなみにここの座敷で行なわれた「宝あわせの会」というアホ企画から、
     江戸落語が発祥したとのことである。

掛け香:におい袋。調合した香を絹の袋に入れ、女性が身につける。
      吉原では部屋の中にも掛け香が吊るされていた。

中ノ丁:吉原のメインストリート。
      暮六ツ(午後6時)の鐘とともに夜見世が始まるため、
      三味線が鳴り、張見世(女郎が格子の内側に並ぶ)がおこなわれ、
      一斉に賑やかになり、男どもは気もそぞろになった。
      葛飾応為「吉原格子先の図」(←参考に。葛飾応為「吉原格子先の図」)

百助:小間物屋「紅屋百助」と思われる。
     「紅屋百助」は浅草の駒方堂の筋向かいにあり、
     白粉(おしろい)や紅などの化粧品を商っていたようだ。

クコ:クコ油。香料として利用されていた。
     
小菊:廓に置いてある紙花(超高級ティッシュ)。
    小菊紙は茶屋や遊郭の人々へのご祝儀としても利用された。

目のさや:まぶたのこと。


人間一生胸算用⑧

人間一生胸算用08右 追い出される心

ここに哀れをとどめているのは、無次郎の心である。
すこしの緩みにつけ込まれ、この国の主でありながらも
多勢に無勢、力及ばず、胸のあたりの在城を追い出され、
すごすごと、いずこへと去っていった。

  気「ケチをして、おいらを勝たせた報いだ。
    これで思い知りつこ」

  心「エヽ、残念残念。
    桃栗ざん年、柿八年、俺は無念で出でかねる」

京伝は、いい無駄もあると思ったけれども、
心があまり気の毒だから黙っている。

人間一生胸算用08左 気と耳鼻口

さて、みなみな、望みのままに心を追い出し、心ここにあらざれば、
番頭の気は、誰はばからず気ままをして、
ついに無次郎の体を横領すると、
是れより無状無象国、大いに乱れた。

  気 「ほんに、口にも久しく土用が入りやしない。  
     いつでも寒の内だろう」       

みなみな、気に御歯向きを言う。

  目 「アノようなケチな心を、みた事がござりませぬ。
     あいつは一万年もいきる心でござりましょう」

  口 「わたくしも朔日(ついたち)十五日に、
    ようよう安干物1枚ずつ食べるよりほか、 
     百五十する時もカツオなぞは嗅いだ事もござりません。
     働きのある猫にさえ劣るさ」

  耳 「お前のことをば、近所の息子衆も
     気の効いたお人だと陰で褒めます」



土用:土用のうなぎ=夏の風物。
    うなぎが食えないせいでいつでも冬だ、と文句を言ってる。

御歯向き:おべっか

朔日十五日:満月と新月の日で、江戸では魚介類や野菜の初物の売り出し日にあたる。
         初物はまずお上に献上されてから市中に出回る決まりで、
         解禁日以前に庶民が初物を食べるのはご法度だったようだ。
         そのため、朔日・十五日に初物をいち早く競って買い求めるのが江戸っ子庶民の粋だった。

百五十:冬至から百五十日=西暦で5月20日頃。
       旧暦では卯月のはじめにあたり、
       初夏の衣替え=初カツオが出回るシーズンである。
       初鰹は初物の中でも特に霊験がつよく、750日長生きするといわれていた。


人間一生胸算用⑦

人間一生胸算用07

ある日、無次郎は算用に心つかれて
すやすやと寝入ったが、
目・口・鼻・耳はよい機会と思い、
密かに気をいさめて申した。

 「つまるところ、我々あの様なシワい心に使われているゆえ、
  口はついに塩イワシの片身も食った事なく、
  目はついに乞食芝居の一幕も見ず、
  耳は"けがにへん"という三味線の音を聞かず、
  鼻は火打ち箱で休みその臭いばかり常々嗅いで、
  夢にもおもしろいめにあった事なし。
 
  このうえは、あの心めを追い出し、 
  この体を番頭もちになされたら、
  我々も少しは楽しみも出来ますのに」

…と、口をそろえ鼻をそろえて申しますと、 
さすがの無次郎の体も気は変りやすく、
グッとこの相談にのる。

心は手まくらをして寝ている。
手はまくらにされていながら、
こいつはおもしろくなく、こと洒落てみせる。

 口 「なんとこいつァ、いい法でごぜえしょう」

人間一生胸算用07 京伝アップ


 京伝「さてさて、笑止な事じゃ。
    この国も少し、みだれそめにしだわえ」



けがにへん:調べたが意味が分からなかった(怪我二遍?)。
        どなたか意味をご存知でしたら教えてください m(==)m

火打ち箱:火打石など火をつけるための道具をまとめた箱。
      硝石や硫黄などの臭いがしたと思われる。

みだれそめにし:百人一首に出てくる河原の左大臣の句をもじってる。
         河原の左大臣は恋で心が乱れたが、無状無象国は心をなくして国が乱れる


人間一生胸算用⑥

人間一生胸算用06

それから蒲焼屋の前を通ると
鼻がかぎつけ、口が食いたがり、
また気をそそのかし心に勧めるのだが、
心が確かであればまず両人の無駄ごとで一向に承知しない。

  心「サアサア、ちっとでも早く家へ帰るがいい。
    酢のコンニャクのと言って、俺までを味な心にするな」

  口「鰻のスジを長焼きにして、煮端茶(にばちゃ)でサッとちゃづりたい

  気「天井が二朱か三朱の出入りだ。 
    のみこみ、のみこみ」 
 
  鼻「番頭さん、お前、そこを“オツをちょっくら”と言いなせえな。
    この匂いを嗅いで堪えられるものか」 



煮端茶:煎じたての香りのいいお茶。

ちゃづる:茶漬けをすする(タクシーに乗る=タクる、みたいな使い方ですね^^)

2朱か3朱:8,000円~12,000円くらい。

のみこみ、のみこみ:納得しなさい


人間一生胸算用⑤

人間一生胸算用05右
この折におもてを、
 
  初カツオ~ 初カツオ~

…と呼び声が通ると、早くも耳は聞きつけ、口は無性に食いたがり、
番頭の気をそそのかせば、気はもとより少し浮かれ者なので
心に言う。

  気 「もし、心の旦那。思い切って初鰹をお買いなされぬか。
     七十五日生き延びると申します」

と勧めたが、心は言うことを聞かず、買わない。
こうあっては無二郎の身の行く末、万代も栄えるだろうと、
道々、頼もしく見える。
耳にもろもろの不定(思いがけないこと)を聞かせ
心にもろもろの不肖(未熟なこと)を思わすとは、ここの事だ。

  耳「番頭(気)さん、お前のお働きで旦那の前を、
     ちょっといいように頼めよ」
     …などと、七ツ屋にでも来たように口説く。

  気「もし、旦那。清水の舞台から落ちたと思って、お買いなされぬか」

  心「イヤイヤ、俺は清水の舞台にのぼったと思って、買うまい」

  京伝「なるほど、こう心が確かでは、
     気はいきいきとは出来ねえはずだ」
  
人間一生胸算用05左

そんなある日、無二郎が寺参りの帰りに両国辺りを通ると、
向こうより芸者が来たので、
目はたちまちこれを見つけて迷い、
耳はその三味線を聞きたがり、気をおだてると、
気はグッとこれにのり、心に勧めたけれども、
心はキッと辛抱して、なかなか合点しない。

  目「なんとマァ、いい燭台じゃアねえか。
     百目かけをいっちょう、灯してえ」
    …と、大門通りの金物見世を褒めるように、褒める。
  
  心「とかく見ると目の毒だ。見るな見るな。
     サア、歩べ歩べ。
     ざっと勘定したところで二分も痛事だ」

  芸者「喜助どん、百川には小田原の官司さんも、
      いさっしゃったかの」

  喜助「もっとかんざしを差し込みなせえ」




七十五日生き延びる:初鰹は初夏を告げる風物詩。
              初物は食べると寿命が七十五日延びると考えられ、江戸庶民に人気だったが、
              特に初鰹は霊験あらかたとされ、その人気は熱狂的だった。
              値段もべらぼうに高騰したので、
              江戸っ子は見栄をはって粋に初鰹を食うか、
              値が下がってから野暮ったく食うかでずいぶん悩んだらしい。

七つ屋:質屋。

いきいき:「生き生き」と「粋」をかけている。

百目かけ:1本で百匁(約375g)もある大きい蝋燭。

二分も痛事:約3万円の痛手。

百川:日本橋の有名な料亭。浮世小路に明治初年まであった。

官司さん:役人


人間一生胸算用④

人間一生胸算用04

善たましいの神通力で、京伝が無二郎の腹の中へ入ってみると、
腹の中に一つの国があった。
これが、かの小天地というもの、
名づけて無状無象(むじょうむぞうこく)と云う。

人間一生胸算用04 心と気

この国の旦那はつまり「心」である。
番頭は「気」だ。
「心」と「気」とは元々、一体分身である 

「耳・目・鼻・口」の四つのものは、重手代(おもてだい)役人
「足」と「手」は、手代から腰元、草履とり、丁稚までを兼ねて勤め、
中でも忙しい仕事だ。

この者どもの腰に、ひと筋ずつの縄をつけ、
主人の心がこれをしっかと締め括っていて、
手を動かそうとする時は手の縄をゆるめ、
歩もうとする時は足の縄をゆるめる。

皆々が心の下知に従って働いてる様子は、
鵜使いのごとく、猿まわしのごとしだ。
「心の駒の手綱ゆるすな」とは、この事である。

無二郎が心がけてより正せば、
よく落ち着いて皆に下知するので、
この国はよく治まって穏やかだ。

しかし恨むらくは、無二郎は年が若いために
番頭株の気は何かにつけて、折々、気のかわる事があり、
フラフラとした気になるのだが、
心は一歩引いてよく思案をし、
堅く気をいましめて、暮している。

人間一生胸算用04 京伝アップ

京伝はこの様子を不思議がる。
これを見れば、荘子が「蝸牛(かたつむり)のツノの上に国がある」と言ったのも、
まんざらの万八でもあるまい。

人間一生胸算用04 口手足

  口 「善たましいが“入ってみろ”と言ったのが、なるほど聞こえやした」

  足 「これこれ手よ、目をさませ、さませ。
     心の旦那がこんなガサツキから、綱を動かさっしやる」

  手 「ナァニ、知らねえフリをして寝るがいい。
     大方また、鼻に手ばなをかんでやれという事だろう。
     恐れ多い旦那だ」

  京伝「さてさて、おつりきな理屈のものだ。 
      まったくコケが宝引きを引くようだ」




無状無象:老子の「道(タオ)」の教えに出てくる、古に物事が生じる時の状態のこと。
       無色、無音、無形で手に触れないもの、目に見えない形、
       名づけることのできない状態を指す。

一体分身:一体である神仏が人の救済のために様々な姿で現れること。

重手代:古株の手代、商家の実務を大方引き受ける。

役人:役割のある人。(現代語の役人=役所勤めの人のことではない)

まんざらの万八:まったくのウソ
            「万のうち八つしか本当のことを言わないホラ吹き」のこと

おつりき:一風変わった

宝引き:糸の先に景品(果物など)がついているクジ遊び。


人間一生胸算用③

人間一生胸算用03

京伝は、気の詰まった面白くもねえ悪長い講釈を聞く。
大いにシビレを切らしていたが講釈が終り、
善たましいが言うには

「あと、今からつれて行く所があるが、行ってみる気はないか」

などと言うので、京伝は

(こいつ吉原へでも行く口ぶり、まんざらでもねえ)と思い、

  京伝「こりゃァ、行くほうでごぜえしょう。
     今からいきなり吉原に飛び出したんじゃ、おもくろ山の村ツバメ。
     柳橋に幸い、やつがれ馴染みのお宿もありますから、
     サアサア」

…と、すぐにいきいきと急ぎ立つと、
善たましいは「イヤイヤ、船もへちまもいらぬ」と言い、
ひと声「乗りもの、これへ」と呼べば
一片の雲がおこり、善たましいと京伝を乗せた。

どこへ行くかと思っていたら、
京伝の東隣りの有徳な商人(あきんど)・無名屋無二郎の家に来たのだれども  
誰もこれを知る者はいない。

人間一生胸算用03 無二郎アップ

この無二郎というのは
いまだ二十三と年は若いけれども真面目な生まれで、
なりふりも構わず、朝夕そろばんを離さず、よく稼ぐ息子である。
今、ともだちの京伝を腹の中へ飲みこむ事とは
夢にも知らず、独り言を言っている。

  無二郎 「オラが隣りの京伝は、まさに空亡(くうぼう)な男だ。
       また4~5日出かけて、家へ帰らぬそうだ。
       馬鹿につける薬がないとは、よく言ったものじゃ。
       となりの疝気で、ああ頭痛がする」           

  京伝 「忌々しいやつだ。俺のことをクソのように言やァがる。
      くさめ、くさめ
  
そうしているうちに、京伝の体が豆人形のように小さくなり、
無二郎がふき出した煙草のけむりに連なって
無二郎の体の中へ入っていくとは不思議である。

人間一生胸算用03 マメ京伝アップ

京伝「ハイ、冷えものでござい。ごめんなさい」



おもくろ山:おもしろいの逆=「おもしろくない」の意味。

柳橋:といえば船宿(屋形船)である。
    今でも隅田川で商いをする多くの船宿屋が営業している。

空亡:「空亡」は四柱推命の用語で大変縁起の悪い日のことで、
      ここでは「家がカラっぽで縁起が悪い」程度の意味。
      四柱推命でいう干支とは、「子丑寅…」の十二支と、
      「甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)…」の十支の組み合わせのことだが、
      空亡では十支が無くなり空になってしまう。                 
      ちなみに六星占術では「大殺界」といい、算命学では「天中殺」というらしい。

疝気:男性の下半身の病気。

となりの疝気で、ああ頭痛が~:ことわざ「他人の疝気を頭痛に病む」とかけている。
                     自分に関係のないことで余計な心配をすること。
          
くさめ:くしゃみ。はっくしょん。

冷えものでござい:銭湯に入るときの挨拶。
             身体が冷たいがごめんなさい、という意味。

※無二郎について
 身なりも構わず、まじめで田舎言葉を話す無二郎は
 粋な江戸っ子に対して、無粋で野暮な田舎者を象徴している。


人間一生胸算用②

人間一生胸算用02

ある時、京伝(著者)がうかうかと拙庵をたち出で、
いずこへともなく出かけると、思いがけず善魂の隠れ家へ来て、
人間の体の講釈をきく。

人間一生胸算用02 善たまアップ

 善たま「人間の体は天地を小さくしたようなものじゃ。 
      すなわち、二ツの目は月日のごとく、肉は土に等しく、
      骨は岩石のごとく、血は水にて、脈は水の干満に等しく、
      毛や爪は樹木にて、つく息とひる屁は風のごとく、
      涙と小便は雨に等しく、言葉を言うのは雷の発するがごとく、
      体に生ずるノミ・シラミは鳥・獣の生ずると同じ通り、それ蛇によって
      股ぐらの谷あいには松苔も生じ、
      道その下の海辺には赤貝も埋まっているではないか。

      そのうち心というものは、天地造化の神に等しく、
      この者の了見次第で、聖人や仏も生まれ、また鬼も天狗も生まれる。
      かてんか、がてんか」

と、古風なせりふで、博物誌にいう 
「上肉川脈の引っくり返し」を言い聞かせる。

善たま「○老子は、聖人その心を虚にす、と言い、
    ○大學には、まずその心を正しくすべし、と言い、
    ○華厳経には、唯一心、と説きて、

    ○心こそ 心まよわず 心なり
    ○心だに まことのみちに かないない

    …という神詠を思うにつけ、とかく大事なものは心じゃ。
    “大事なこころ ほんだわら”などと悪い地口を言うなども、
     やっぱり心のしわざじゃ」

人間一生胸算用02 振袖新造

ここはさしずめ、
売薬見世の言いたてなら親王の人形という場だが、
それではあんまり色気がないから、
「しんのう」の代わりに新造と洒落たのだ。

京伝は、ただ「御もっとも、御もっとも」と合わせている。



博物誌:自然界の事物・現象を総合的に記述した書物。
      自然学のジャンルが分化する前の百科事典みたいな感じ。

古風なせりふ:ここの善玉のせりふは、心学の講釈の口調をまねている。
          (しかし善魂の割りには、下ネタがエグいっす…^^;)

大學:四書五経のひとつ「大學」のこと

神詠:神が詠んだ和歌

大事なこころ ほんだわら:ほんだわら(馬尾藻)は茶色くてプチプチした海草で
           上方では正月の蓬莱飾りに使うものらしい…のですが、
           この地口がどういう意味なのか、不明です。
           どなたかご存知でしたら教えてくださいm(=_=)m

地口こちらを参照されたし。

売薬見世:薬屋のことだが、なぜ売薬見世が見立てるのか文脈が不明。実在の人物か?

親王の人形=節句に飾る雛人形や古代天皇などの人形。
          前段落の「神詠」と「親王」をかけている。

新造:振袖新造=まだ体を売らない若い女郎。
     ここでは、画像の美少女のこと。


人間一生胸算用①

『人間一生胸算用(にんげんいっしょうむなざんよう)
寛政三(1791)年 発行
著・画/山東京伝
版元/蔦屋重三郎

この本は、前年に出版された『心学早染艸』の続編。

実はわたくし、今まで現代語訳を載せた2作品については
読み下しの暗チョコ的なものがあったのでミスの確認ができたのですが、
今作品については完全に独学なので
読み下しの間違いも多いかと思います。
お気づきの点があれば、ご指摘いただけると嬉しいです。

ここをクリックで、全頁まとめて読めます。
※本文中のアンダーラインは脚注です。脚注はページ下部に薄青色で書いてあります。
※画像はクリックすると大きくなります。




人間一生胸算用01

(口上)

とざい、とうざいー。
高に控えましたる上ならず、
裸にて失礼の段、御容赦下されましょう。

さて、去年わたくしども寄り集まり
不調法なる狂言取り組み御覧に入ましたる所、
ことのほか御評判なし下され、大慶仕りましてござります。
付きまして、当年もさる御贔屓の御方さまの御薦めにより、
右後編を著し御覧に入れまする。

この草紙、老子不言の教えに
孔子のべったりと致したる示しを加え、
荘子の寓言に浮屠氏(ほとけ)の誠から出た方便(うそ)を取り混ぜ
三門ほら、気に仕り御覧に入まする。

ひとだまの口上、左様。

(ひょうし木)チョンチョン

寛政三 亥乃春
山東京伝 戯作



去年わたくしども寄り集まり…:前年に出版された『心学早染艸』のこと

三門ほら:「三文ぼら」と「三門」をかけている

三門:知恵・慈悲・方便の三つ


心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑮

心学早染艸15

道理先生がすっかり教訓をして、
後に目前屋の主人に勘当のわびを言うと、両親も大変に喜びました。

息子をすぐに呼び戻したので、
理太郎は粋の道をあきらめ、
親孝行をつくし、一族や家来をかわいがり、
大君子となり家は富み栄えました。
これみな道理先生の人徳だと、世間では言いもてはやしました。

あのよき魂のせがれ2人は親の跡目を継ぎ、 
末永く理太郎の体を住まいとして、
母をも養って、おこたらず守りました。
これより魂がすわって、再び立つことはありませんでした。

(おしまい)

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑭

心学早染艸14 善玉逆転

ここにまた、善いたましいの女房と二人のせがれは
どうにかして親の敵を討とうと、つけ狙っていたが、
悪たましいは数多く仲間があるので、
力およばず無念の月日を送っていました。

しかし理太郎が本心に返る時機を得て、善たましは難なく本望を遂げ、
ほかの悪たましいは皆、逃げ失せてしまいました。
なんと心地のよいことでしょう。
  
  善たま母「夫のかたき、勝負、勝負!」
  善たま息子「思い知ったか!」
  善たま息子「親のかたき、観念しろ!」

  (ついでにこの本の作者をも、やっつけねばならぬ。
    だいぶ不埒じゃそうな)

心学早染艸14


理太郎は道理先生に命を助けられ、儒仏神の尊き道をきき、
今までの非を悔い、本心に立ち返りました。
  
  理太郎「道理のないは、わしひとり。
       可愛いというて、くれの鐘物前(ものまえ)の金も
       今はもう煩わしや、煩わしや」
      
  道理先生「人間万事、大切なるはひとつ、心なり。
         みな、己れが心より出て、己れが身を苦しむる。 
         そのこころは、すなわち魂じゃ。
         ここの道理を、とくと合点せねばならぬ」



ついでにこの本の作者をも~
   この本が出た1790(寛政2)年は「寛政の改革」が始まった年にあたることから、
   幕府への揶揄と思われる。
   (山東京伝は翌年、手鎖50日の実刑を受けている)

くれの鐘:「暮れの鐘」と「くれの金」をかけてる。

物前:節句などの物日の前。何かとお金が入用になる。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑬

心学早染艸13

理太郎はついに宿無しになり、
なおさら悪たましいが増長して、今は盗賊となり、
人家から離れたところへ出て
追いはぎをしているとは、情けない。

悪たましいどもは自分たちの仕業で
今、理太郎の身が終ってしまうのを
みんなで指さしてドッと笑うとは
何と憎たらしいことでしょう。

ところで、ここに博識・秀才・仁徳で名の知れた
道理先生という尊い人がおります。
ある夜、講釈からの帰りがけにこの場所で盗賊に出会い、
かねてから腕におぼえがあったので、
さっそく引っ捕らえてしまいました。

しかし道理先生は盗賊をふびんに思い、
しっかり教訓して善人に導こうと、その罪を許し、
同道して宿へ帰りなさいました。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑫

心学早染艸12

理太郎はだんだん悪たましいが増えて、
女郎買いの上に大酒をのんであばれ、
博打をうち、かたりをし、親にも不孝にあたるとついに勘当の身となり、
今は身の置きどころさえなくなり、
あろうことか親の家の土蔵を破ります。

悪たましいどもが大勢集まり、理太郎に付きまとって、
色々と悪事を勧めます。
おそろしいことである。
つつしむべし、つつしむべし…

心学早染艸12 ブチのアップ

  犬いわく「山科のかくれ家じやァねえが、
        むかしの旦那が今はドロ。
        吼えねばわたしの役目がなくなる。わんわんわんわん」
   
  理太郎 「ブチよ、おれだワ。吼えるな、吼えるな。
        荒神さまの吼えるな吼えるなは、どうだ」



山科の隠れ家:『仮名手本忠臣蔵』の九段目の場面。
          由良助は千五百石取りの家老だったが、
          殿中での刃傷事件で旧主の塩冶判官が切腹させられたため、一夜で浪人の身になり、
          由良助の息子・力也と、その許婚の小浪は敵同士になってしまう。

荒神様の吼えるな吼えるな
          荒神のお札の売り声「荒神さまの、お絵ん馬、お絵ん馬」のシャレ。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑪

心学早染艸11

悪たましいは、ついに理太郎の体に分け入り
善たま一家の女房と2人の子を理太郎の体から追い出してしまいました。
3人は手ををりあって、長年すみ慣れた体を立ち退いていきます。

これ以来、理太郎は大の道楽者(どらもの)になって、
4~5日ずつ吉原にいつづけます。
あまりに長く居続けるので、あやしのも願って言葉を濁します。

  あやしの「ほんに、お父さん、お母さんがお案じなんすだらにねェ。
        わっちゃア、どうも帰えしたくねェが、どうしたもんだのう」

理太郎の店の番頭も迎えにきて、奥山もどきで理屈をいいます。 
         
  番頭「さように御了見のない、お前さまではなかったが、
      天魔の見入れか、是非もねえ

  理太郎「コレサ、そんな野暮を言うな。
       どんな事があっても、かえるはイヤだのすしだ」

  悪たま「これからは、おいらのせかいだ」
  悪たま「アゝ、いいざまだ」

心学早染艸11 追い出される善玉

悪たましいは善いたましいを、割れ竹で追い出します。
   
   悪たま「きりきり立って、うしゃアがれ!」
   
   善たま母「今に思い知らせん」
   善たま息子「かなしや、かなしや」
   善たま息子「かかさまいのう…」
   

  
奥山もどき:芝居がかっていること。
       奥山は浅草寺の西側一帯の地名で、
       大道芸や見世物、歌舞伎などの小屋が立ち並んでいた。

かえるはイヤだのすしだ:「帰る」と「カエルの寿司」を掛けて「嫌だ」という洒落。

天魔の見入れか~:天魔は欲界の頂点である第六天の魔王。
          「天魔に見入られたのか、全くしょうがない」という意味。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑩

心学早染艸10 右

理太郎には元通りに善い魂が入ったので
この間の女郎買いの事を思い出すも汚らわしく、
帳合の仕事ばかりしていました。

しかし、あやしのの所から魂胆の文が来て
何とも思わずに開いてみると
悪たましいが中から出てきました。

  茶屋の男衆「初回からお文が参ると申すことは
          神代にもない事でこざいます」     

善いたましいは、手紙を見せまいと気をもんでいます。

心学早染艸10 左

理太郎は、あやしのからの
金をむしろうという魂胆の手紙を見てから
またまた心が迷い、

  理太郎「俺の身上で1年に三百両や四百両の金を使ったとて、
       この身の痛みにもならぬ事。
       千年、万年も生きる身ではなし。
       死ねば銭六文よりほかはいらぬものを、
       今まで無益な倹約をしてきたものだ。
       なんで燭を乗りて遊ばなかったのか」
 
…と、古詩を手前勝手な例えにひき、
悪念がしきりに兆してきます。

心学早染艸10 左 斬られる善たま
   
理太郎に悪念が兆したとたん、 
悪たましいは善いたましいを切り殺し、
日頃の念を絶ってしまいました。

   悪たま「覚悟ひろげ!」
   善たま「無念、無念~!」




初回から~:吉原の遊女は高級遊女なので、
         普通は初回から客と寝たり文をやりとりしたりしない。
         客を馴染みにするかどうかは、その客と何度か同席してから判断した。

魂胆の文:遊郭は遊女が働けば働くほど、借金が増える仕組みになっている。
        遊女はその負担を減らすため、手紙を書いて馴染みの客にあれこれねだった。

銭六文:三途の川の渡し賃

燭を乗りて夜遊ぶ:人生は短いのだから、昼間だけでなく、
             夜も明かりをつけて楽しめと言う意味。
             「燭」=灯火。「乗る」=手に持つ。

心学早染艸(しんがくいはやそめぐさ)⑨

心学早染艸09

悪たましいが夜通し踊りくたびれて、
女郎の懐に入りすやすやと寝入ると、
理太郎は急に門の方が気にかかるようになります。
  
  理太郎「俺はどうして、ここに来たんだろう…
      なぜそんな気になったんだろう…」
  
夢から醒めた心地になり、口もきかずに帰ろうとしたそのとき、
さわぎに悪たましいが目を覚まします。
  
悪たましいが「帰してはならじ」と理太郎の体に飛び込むと
理太郎の心はまた変わり、ついに廓に居続けようと決めたとき
善いたましいがいましめの縄を引き切り、
理太郎に一目散にかけより手をとって連れ帰ろうすると
悪またしいも帰すまじと引き止めます。
  
理太郎は左に引っぱられる時は
「アゝ、いっそ居続けよう」と言い、
右に引っぱられる時は 
「イヤイヤ、はやく帰ろう」と言い、
行きつ帰りつ、考えがコロコロ変わるのでした。

たましいの姿が、凡人の目には一向に見えないので、
茶屋の男は「けしからん身振りをする客人だ」という。

  あやしの「お帰りになろうとも、居続けようとも、しやしない。ばからしいよ」

  悪たま「井戸替えという身だ、コレ屁をひらつしゃんな」
  悪たま「ヨイサア/\ ヨイサア/\ 」



居続け:延長のこと。
      当時、吉原で居続けすると、大見世なら4~5日で百両
      (現在のお金に換算して700~800万円くらい?)かかると言われていた。
  
井戸替え:井戸さらい。井戸の中を空にして掃除すること。
       夏の行事で、大勢で協力して綱を引く必要があった。
       井戸替え
        ↑『江戸府内絵本風俗往来』(明38年 著:菊池貴一郎/出版:東陽堂)より
         「七月七夕 井戸さらひの綱を曳く」

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑧

心学早染艸08 右 床入り

かくして床におさまり、ほどなく女郎がきたので、
かの悪たましいどもは女郎の手を取って理太郎の帯をほどき、
肌と肌をぴったりと抱かせ、
理太郎の手をとって女郎の襟元へぐつとさしこむと
理太郎は白身がとろけるような心持ちになりました。

  あやしの「もっとこっちへ、お寄んなんし。おお、冷てえ」
    
  悪たま「がってんだ!がってんだ!」
    
  店の者「二ツ 今晩はこれきり ドンドンドンドン」
    
  悪たま「ちょっとしくじったか どうする するもんだ」

心学早染艸08 左 災と善たま

長い間、理太郎の体に住み
忠義を尽くしていた善いたましいは、
不意に悪たましいに襲われて縛られ、
理太郎の身がどうなったかと心配していましたが、
誰も縄を解いてくれる者もなければ、
ひとり気ばかりが焦っていました。
  
この場面には、忠五郎か伊三郎の
独吟のめりやす
あって、しかるべし。   

  善たま「俺が矢口の兵庫の女房、 
       信仰記の雪姫というものだ」



忠五郎か伊三郎の~:要するに、この場面ではしんみりした長唄が欲しいと言っている。  
           
忠五郎:長唄の松永流の流祖・松永忠五郎(初代)、
伊三郎:芳村流の始祖、芳村伊三郎(初世)。
      忠五郎と伊三郎は二人とも、江戸後期に活躍した長唄の名手。

独吟:三味線の伴奏のみで唄方が1人でうたう長唄。
     歌舞伎のしんみりした場面などで、役者の動きに合わせて効果的に演奏される。

めりやす:アドリブで長さが変わる長唄のこと。
       舶来のめりやす布は、伸び縮みすることから。

矢口の兵庫:歌舞伎『神霊矢口の渡』に登場する由良兵庫之助。
         敵の足利軍の謀略かかり、主君とともに自害した。

信仰記の雪姫:歌舞伎『祇園祭礼信仰記』に登場する姫。
           桜の木にしばられ、足でネズミの絵を描き窮地を脱することで有名。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑦

心学早染艸07

理太郎は悪たましいに導かれて、吉原に来ました。
見物だけして帰ろうと思っていたけれども、
中ノ丁の夕景色を見てから、いよいよ悪たましいに心を奪われます。
  
とある茶屋を頼んで
三浦屋のあやしのという女郎をあげて遊んでいたが、
たちまち魂は天上に飛んで、帰ることを忘れ、
さらに正気はなくなってしまいました。

心学早染艸07 芸妓さん
 
   酒に 明かさぬ 宵(酔い)もなしィ 
       それがどうしたァ もの狂い~
  
たましいは、宙にとんで踊りをおどる。
  
  悪たま「そっこでせい」
  悪たま「よいよい」
  悪たま「アリャアリャ」

心学早染艸07 踊る悪たましいアップ
  
  理太郎「ああ、いい匂いがする。岡本の乙女香という匂いだ」
      「ああ、おもしろい、おもしろい!
       こんなおもしろい事を、今まで知らずにいたとは残念だ」

心学早染艸07 理太郎とあやしの



中ノ丁:吉原のメインストリート。
     暮六ツ(午後6時)の鐘とともに夜見世(夜の部の営業)が始まるため、
     三味線が鳴り、張見世(女郎が格子の内側に並ぶ)がおこなわれ、
     一斉に賑やかになり、男どもは気もそぞろになったとか。
     葛飾応為「吉原格子先の図」(←参考に:葛飾応為「吉原格子先の図」)

茶屋:ここでは引手茶屋=お座敷屋のこと。
      引手茶屋は遊郭と客の間をとりもつ仲介業も兼ねていて、
      遊女だけでなく芸者、太鼓持ちなども手配していたようだ。

三浦屋:吉原にかつて実在した女郎屋。
      有名な太夫「高尾」を抱えた高級店だったようだが、
      この本が出版された寛政の頃には三浦屋は絶えていたようだ。
      天保年間頃に再び登場した「三浦屋」は別の店。 

【参考に】遊郭遊びについて
   吉原では座敷で遊ぶと、遊女への花代と料理や酒の代金のほかに、
   同席する番頭新造(マネージャー)、振袖新造、芸者(2人1組)、
   太鼓持ち、茶屋の亭主、やり手(目付け役の婆さん)、若い衆など
   それぞれにご祝儀が必要で、一晩遊ぶだけでものすごくお金がかかった。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑥

心学早染艸06


理太郎はその日、うたた寝から覚めて、
「今日は浅草観音にお参りに行こう」と思い立ちます。 
ところが観音にお参りしたその帰り道、吉原がつくづく気になりだします。  
  
  理太郎「吉原というところ、今まではふりむいて見る気もなかったが
       素見物するだけなら、さして銭もいらぬということだし、
       一度はみても構わないだろう」

…と思い、うかうかと土手八丁に差し掛かった。
これは悪たましいが体に分け入ったためである。
  
  理太郎 「いやいや…行こうと思ったけど、家で心配するだろうか。
        とはいえ、ここまで来たのだしちょっと見てこうか。
        やっぱり帰ろうか…」
   
いろいろ迷って、理太郎は土手を行きつ戻りつします。
これは悪たましいのせいなのでした。

心学早染艸06 悪たまども
  
  悪たま「コレサ、そんなきまりの悪い事をいいっこなしさ。
       われら、諸事のみこみだ。
       ちょっと吉原の粋なところを見な。
       サアサア早く、きなこもち
  
  悪たま「俺はおいはぎにあった宿引きという身だ」

  悪たま「ウゝウゝウゝ、しめたぞ、しめたぞ。
       ウゝウゝウゝ、そこだえ、そこだえ。
       おいらの身は人間の車をひくようだ」



素見物するだけなら~:当時、吉原は昼間の営業もあり観光名所になっていて、
                夕方前の花魁道中の見物だけして帰る人も多かった。 

土手八丁:別名、吉原土手。遊郭に通う客で賑わった。

のみこみ:合点している。分かっている。

さあさあはやく、きなこもち:きなこもちの売り声。きなこもちは冷めると硬くなる。

宿引き:宿の客引き。

※背景の屋根の上にあるモノについて
 背景の吉原の店々の屋根に、アンテナのような何かが載っています。
 これは天水桶(雨水を溜める桶)と、
 熊手のような形をした消化用具なのだそうです。
 江戸では大火災が多く、天水桶を備えるのは普通だったのですが、
 これを屋根の上に置くのは吉原だけだったとか。
 なので、見る人が見ればこの屋根の景色を見ただけで、
 「ああ、吉原だな」と分かる、ということのようです。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)⑤

心学早染艸05 右

理太郎ははやくも十六になり、元服して前髪を上げる年頃になりました。
  
  父  「ひたいは抜かぬがよかろう、人柄が悪いぞや」
  
  理太郎「ハイ /\」
  
  髪結い「よくお似合いなされます」

理太郎は生まれもよく、よい男となり、
店の商売にも向いていて、
あるだけ預けて商売をさせれば
型にはめたような律儀者ゆえに、
朝は早起きし、夜はおそく寝て、
随分万事に心を配ります。

倹約を心がけ親孝行をし、家来に哀れみをかけ、
そろばんを常にはなさず家の内外を守るとあって、
その近辺でも評判の息子となりました。

心学早染艸05 左
 
…しかし、人の魂は寝る時に遊びに出るというのは、
間違いのないこと。
十八になったある日、
理太郎が帳場の仕事に疲れてうたたねをしておりました。

日々、悪たましいから理太郎を守っているため、
少しくたびれていた善いたましいが、
理太郎のうたたねを幸いとその辺へ遊びに出た隙に、
例の悪たましいこれをチャンスと仲間をかたって近づき、
善いたましいをしばりあげ、理太郎の体の中に入ってしまいました。

心学早染艸05 左 たましい達
 
  善たま「エゝ、残念な」

  悪たま「よいきび、よいきび」

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)④

心学早染艸04

かの悪たましいは、
理太郎の体に入ろうとして天帝にケチをつけられてから、
身のおきどころがなく、
相応の体でもあれば入ろうと思っていました。

しかし、当時は儒仏神の尊き道がしきりに行なわれており、
人が誰も悪い心を持っていないので、
立ち入れる所もありません。

悪たましいは仕方なく宙にフラフラしていましたが
折があれば理太郎の体の善いたましいを亡き者にして
我々が理太郎の体を住処にしようと企みました。

  悪たま「ナント、この群れで五十番目。食らうではないか」
  
  悪たま「いい体の株を買いたいものだ」
  
  悪たま「この頃は心学とやらが流行るから、
      おいらが住むような不埒者の素気無いのには困る」

己々(おのれおのれ)の不所存によりこうなっているのだが、
悪たましいどもは宙に迷っています。
こう並んだところは、いまに丁半でも始まるようです。
数珠を忘れた百万遍の者もあります。



・儒仏神:当時、大流行した庶民哲学「心学」では
     儒教・仏教・神道の三つは並存しながら根源で繋がったものと考えられていた。

・不所存:考えなし

・丁半:博打

・数珠を忘れた百万遍:法事で数珠をいつも忘れるほど不信心なことと、
              百万遍念仏とかけている。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)③

心学早染艸03

理兵衛はせがれに理太郎と名づけて育て、
善いたましいは理太郎に日々つきそい、守っていました。

そのため、成長にしたがい利発で行儀もよく、
その上ほかの子供とちがって器用だったので、
両親は掌中(しょうちゅう)の珠のように愛しみ育て、
三つ子の魂百までと、将来を頼もしく思っていました。

心学早染艸03 両親
  
  理兵衛(父)「これは見事だ!俺の子ながら、後世おそるべしだ。
         あまりに不思議だが、誰かに書いてもらいはせぬか」
  
  母「お師匠さんが、これからは国尽くし
    書いてやると言いなさってよ」

  女中「ほんに、お器用なお子様でござります」
 
  母「坊はおとっつぁん・おかかさんの大事だよ
    穴一宝引きはしねえもんだねえ」

たましいは後ろでヒゲを撫でています。
 
  善また「チっと、そうもござるめえ」





国尽し:日本の諸国66国が列挙してある冊子↓。習字の手本として使われた。
      国尽くし

穴一:地面に小さな穴をあけ、離れた所から
     素焼きのおもちゃ(銭、歌舞伎、力士などを模ったもの)を投げて競う遊び。
     穴伊知、穴撃ともいう。
     詳細はこのサイトを参照されたし⇒泥めんこってなあに?

宝引き:束ねた細い糸の先に果実や金銭などをつけて、くじ引きする遊び。
      駄菓子屋の糸引き飴みたいな感じ。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)②

心学早染艸02

ここは江戸日本橋に、有徳な商人、目前屋理兵衛という人がおりました。
その妻が身ごもり、10ヶ月目に珠のような男の子が生まれます。
天帝は家内祝詞をのべて、つぶやきました。

  天帝「幼いということは、白い糸のように、
     いかようにでも染まるものだというが、もっともだ」

理兵衛の息子が生まれると、
いびつな悪たましいがその体の中に入ろうとしましたが、  
天帝が現れて悪いたましいの手をねじあげ、
善いたましいを理兵衛の息子に入れました。

心学早染艸02 天帝アップ
  天帝「ここは構わずに行け!」
 
  悪たま「ハア チョン、チョン、チョン、チョンと
      拍子・幕というところだ」

これは親の理兵衛が日ごろから心がけよくしていたので
天帝が恵みを与えたのです。
けれども、凡人の目には何も見えないというのは驚きです。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)①

『心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)』
著:山東京伝/画:北尾政美
版元:近江屋権九郎

ここをクリックで、全頁まとめて読めます。
※本文中のアンダーラインは脚注です。脚注はページ下部に薄青色の字で書いてあります。
※画像はクリックすると拡大できます。




心学早染艸01

人間には魂というものがあり、どんなものかというと
男の魂はつるぎだそうです。
また姫小松の浄瑠璃、俊寛の言い分をきけば、
女の魂は鏡に尽きるといいます。

芝居の魂は銅に赤い紙をはるものだとか、
そんな論はみな、脇へおいておきましょう。
剣と鏡というのは、みなものの例えです。
 
歴史書の一端をみると、魂を記す歌として
 「木九ろうに 火三つの山に
  土ひとつ 七つは金と ご水りょうあれ
」 
…とあるけれども、これらは皆こじつけです。
にしか通用しません。

これを生きている時は精気といい、
死んだら魂魄といいます。
また心神ともいって、人間にとって大切なことで
これに勝るものはありません。

その魂というものが、どこより来るかというと、
天からさずかるものです。
 
天上の天帝は、つねに茶碗のようなものの中に
椋の実の皮のようなものを水で溶かし
竹の管をひたして魂を吹き出します。
その理屈は子どもが遊ぶシャボンのようです。
 
天帝が吹き出したときには、すべてが丸く完全な魂ですが、
妄念・妄想の風に吹かれて、中にはいびつになり、
三角や四角になって飛んで行くものもあります…
 
  天帝「俺の姿には絵描きも困るだろう。
     今日の姿は日本バージョンの天帝だ。 
     ほかの国々へは沙汰なし、沙汰なし」



木九ろうに~
  「気苦労に 秘密の山に 土ひとつ 七つは金と ご推量あれ」
  陰陽五行(当時の科学でもあった)の物質と
  奇数(=吉数)を組み合わせた、語呂合わせの謎かけになっている。

:原文の略字は「春」ではなく
   「意(こころ)」ではないかとの説もあるようですが、
   さしあたり、私は「春」を採用しています。
   
椋の実の皮=無垢の身の皮、という洒落になっている

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ):はじめに

今回、訳してみるのは
『心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)』(山東京伝・著/北尾政美・画)です。

よく、芝居や物語の役回りで
「善玉・悪玉」って言いますよね。
あれって、この『心学早染艸』に出てくるキャラ
「善たましい・悪たましい」がオリジナルなんだそうです。

私はたまたま、葛飾北斎が書いた踊りの指南書に
「悪玉踊り」というのが出ていて、
「これはすごい面白そう!だけど何なの!?」って思って
調べているうちに、この本『心学早染艸』にたどり着きました。

悪玉踊り64-70

ちなみに北斎が描いた「悪玉踊り」は
歌舞伎の『三社祭』で「善玉悪玉」という演目として
今でも踊られているようです。↓ここで動画が見れます
文化デジタルライブラリー「三社祭」

話が脇道にそれましたが、
本家「善玉・悪玉」の「心学早染艸」をごゆるりと、お楽しみあれ^^

桧枝岐歌舞伎を見に行ってきた

福島県の南会津に温泉旅行に行って、
「桧枝岐歌舞伎」を見てきました!

この歌舞伎はいわゆる「地歌舞伎」と呼ばれるもので、
村の神社の奉納歌舞伎として演じられています。

江戸時代中~後期に、
桧枝岐の村民がお伊勢参りに行った帰りに
江戸で浄瑠璃本を買ってきたり、
会津藩のえらい人が歌舞伎を招聘した時に見学したりして、
村で演じられるようになったそうです。
時代的には、まさに黄表紙が流行していた頃のものなんですね^^

↓この写真は、午前中に撮ったもの。
村の人たちが、準備をしたり参拝したりしていました。
写真は撮りませんでしたが、小さな社の裏の森はすっごい迫力でした。
「これぞ依り代!」って感じ。

桧枝岐 参道

夕方、開場10分前くらいに再び神社に行くと、↓もはやこの行列!
行列を縫うようにして、地元の子供たちが
タコヤキや串焼きなどの出店を冷やかしていました。

桧枝岐 列にならぶ

↓ばっちり、舞台前のいい場所を陣取ることに成功。
私たちはゴザ席でしたが、足腰がキビシい方は後方の石段席を選ぶようです。
ウレタンの薄い座布団も貸してくれますが、
できれば厚手の座布団とひざかけ毛布を持参した方がいいです。

桧枝岐の舞台

この後、開演までかなーり待たされます。
地元新聞社からの幟の授与、あいさつ、
ご祝儀(スポンサー)の読み上げなどがあるので
その間に甘酒(無料)をもらってきたり、出店でおやつ買ったりするといいかも^^

↓芝居の前に、舞台を清める踊り『寿式三番叟』
芸というよりは、神事だということでした。

寿式三番叟

そしていよいよ、お芝居スタート!
この日の演目は『鎌倉三代記』より七段目、三浦別れの段。

時姫と三浦之助

内容をざっくり言うと、
三浦之助(↑右)が戦の最中に怪我を負いながら、
病床の母親が心配で実家に帰ってくる。
そこには許婚の時姫(↑左)がいるのだけれども、
時姫は実は、敵の北条時政の娘である。

この時姫を、
悪役メイクがイカす富田六郎(北条の手下)・チャラい藤三郎・謎のオバチャンおくる等が
計略を巡らせて北条家に連れ去ろうとする。

しかし、セクハラがちなチャラ男・藤三郎は
実は佐々木四郎左衛門高綱という武将で、
おくるは佐々木の部下(故人)の未亡人。
この2人は本当は三浦と時姫の味方で、
富田六郎をハメて殺してしまいます。

桧枝岐歌舞伎

↑じゃじゃーん。
チャラ男⇒佐々木高綱の早変わり。
この衣装は「鎌倉時代のお話のフリしてるけど、本当は大阪夏の陣の話だよ」って
観客に教えているそうです。

個人的には、義太夫の素晴らしさに胸がキュンキュンしまくりでした。
佐々木高綱(元チャラ男)と義太夫のコンビネーションが素晴らしかった!!

桧枝岐歌舞伎では義太夫の唄者さんが途絶えて、
長らく録音テープで演じられてきたらしいのですが、
近年になって隣町(南会津町)の若者が義太夫の修行を始めて、
生義太夫が復活したのだそうです。

あと、女性の役者さんたちの演技が光ってました。
せいふの節回しや、感情表現の細やかな動きに魅了されっぱなし。

いや~、夢のように楽しい夜でした。
また絶対、見に行きたいなー。

桃太郎発端話説(ももたろうほったんばなし)⑮

15右(おしまい)

昔々、あったとさ。
じじいは山へ草刈りに、ばばあは河原へ洗濯に。
川より流れてくる桃に、若やぐ夫婦の中にもうけし桃太郎は、
子ども衆ご存知の鬼ヶ島、犬、猿、雉の忠臣ばなし。

チウ(忠)はすずめの音に残り、桃の中なる実方に、耳をとったる花の春。
お子様がたの、お眠気さまし。
やんら、めでたの市が栄えた。

正直婆「やれやれ、大きな桃が流れてきもうした。 
    もひとつ流れたら、お爺におましょ」

(おしまい)

桃太郎発端話説(ももたろうほったんばなし)⑭

14両方

正直夫婦は鬼に宝をとられたため、
金持ち暮らしにひきかえて、今はもとの柴の庵(いおり)に引っこみ、
夫婦で貧苦をしのいでいた。

ところがある日、
夫婦がトロトロとまどろんでいると、夢ともなく現(うつつ)ともなく、
実方の朝臣があらわれた。

14実方雀

  実方「なんじは不幸にして災いを受けた。
     われは昔、なんじに物を乞いて飢えをしのいだのだ。
     その恩に報いるため、後日その桃をかえそう。
     その桃を食らうときは、夫婦たちまち若やぎ、 
     親孝行にしてしかも、力量ひとより優れたる一子を持つであろう。

     その子、必ずなんじらの為に鬼が島に渡り、宝を取り返して仇を報う。
     また、夫婦が憐れんだ猿、雉、犬も、
     ともに力をそえて恩を報いるであろう。
   
     再び、このように貧しくなろうとも、天道さま次第であるぞ。
     なんじらの正直を、天道さまが感じなさらぬことがあろうか。 
     陰徳あれば陽報あり。
     積善の家にはかならず、余慶があるものだ。
     なんじらは末には、また大富貴の身となるであろう。
     ゆめゆめ、疑うことなかれ」

…と告げられて、数万のすずめと化し、飛び去っていかれた。

  雀の群れ 「とひよ とひよ とひよ とひよ 正直 おきよ 正直…」

14正直夫婦

正直夫婦は寝言にまで、正直な事をいう。

  正直爺「お婆や。ひとに借りたものは早く返して、
      貸したものは、ずいぶん遅く取りやれや。
      しょうじきフウフウ」

  正直婆「しょうじきフウフウ ゴウゴウ」

桃太郎発端話説(ももたろうほったんばなし)⑬

13両方(小)

慳貪婆はある闇の夜に、鬼どもをともなって
正直夫婦の蔵に向かった。

慳貪婆にとっては、かつて覚えのあるわが郷なので、
簡単に案内して忍びこみ、
隠れ笠、隠れ蓑、打ち出の小槌、錦の巻物に、
さらに米や金をうばい、鬼ヶ島へ帰った。
まったく不敵な鬼どもである。

慳貪婆は欲ふかいので、
「まだ何か宝があるだろう」と気が後にひいて残っていたが、
正直夫婦の手飼いの犬に、喰い殺されるとはいい気味だ。

慳貪婆は、常に悪を好んだから、煩悩の犬に喰い殺されるのだ。
つつしむべし、おそるべし。


13婆と犬

  犬「なんでも六段目のきりには思い知らせてこまそうと思ったが、
    まったく、よい気味、よい気味、思い知ったか!
    わんわんわん わんわん」

後にいた鬼にもの問えば、鬼らはしらずと、シレッと通り過ぎる。

13鬼ども

  鬼ども「やれ 逃げろにげろ」
      「こう風呂敷包みを背負ったところは、
       風の神の紙くず拾いとみえやうがや。
      「"鬼の目にも闇だ"とは、このこってあんべい。
       暗いぞ、暗いぞ」
      「あの犬めは、大きなさまで吠えるわ、吠えるわ。 
       "荒神さまの、ほえるわ ほえるわ"と来たわ」

犬骨折って 宝とらるる」ということわざは、この時からはじまったのである。
 


【注】
・紙くず拾い:家々を回って紙くずを回収する仕事。今で言う古紙回収業。

・鬼の目にも闇だ:「鬼の目にも涙」と掛けている。

・荒神様の吠えるわ吠えるわ:「荒神さまの お絵ん馬 お絵ん馬」という売り声にかけて
              嫌みを言っている。

・犬骨折って宝とらるる:「犬骨折って鷹の餌食」という諺に掛けている。
               苦労して得た物を他人に奪われること。

Top|Next »

HOME

野暮天のサチ

Author:野暮天のサチ
江戸のおもしろ文学『黄表紙』を読み始めて1年余り。
ど素人の独学なので試行錯誤中ですが、あまりにも面白いので、みんなにも「黄表紙読み」をお勧めしたいと思ってブログをはじめました。

この人とブロともになる

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。