ど素人、黄表紙をよむ

独学で黄表紙を読み、悪戦苦闘の成果をさらす。恥知らずの野暮天ですみません。

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心学早染艸(しんがくはやそめぐさ):はじめに

今回、訳してみるのは
『心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)』(山東京伝・著/北尾政美・画)です。

よく、芝居や物語の役回りで
「善玉・悪玉」って言いますよね。
あれって、この『心学早染艸』に出てくるキャラ
「善たましい・悪たましい」がオリジナルなんだそうです。

私はたまたま、葛飾北斎が書いた踊りの指南書に
「悪玉踊り」というのが出ていて、
「これはすごい面白そう!だけど何なの!?」って思って
調べているうちに、この本『心学早染艸』にたどり着きました。

悪玉踊り64-70

ちなみに北斎が描いた「悪玉踊り」は
歌舞伎の『三社祭』で「善玉悪玉」という演目として
今でも踊られているようです。↓ここで動画が見れます
文化デジタルライブラリー「三社祭」

話が脇道にそれましたが、
本家「善玉・悪玉」の「心学早染艸」をごゆるりと、お楽しみあれ^^
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心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)①

『心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)』
著:山東京伝/画:北尾政美
版元:近江屋権九郎

ここをクリックで、全頁まとめて読めます。
※本文中のアンダーラインは脚注です。脚注はページ下部に薄青色の字で書いてあります。
※画像はクリックすると拡大できます。




心学早染艸01

人間には魂というものがあり、どんなものかというと
男の魂はつるぎだそうです。
また姫小松の浄瑠璃、俊寛の言い分をきけば、
女の魂は鏡に尽きるといいます。

芝居の魂は銅に赤い紙をはるものだとか、
そんな論はみな、脇へおいておきましょう。
剣と鏡というのは、みなものの例えです。
 
歴史書の一端をみると、魂を記す歌として
 「木九ろうに 火三つの山に
  土ひとつ 七つは金と ご水りょうあれ
」 
…とあるけれども、これらは皆こじつけです。
にしか通用しません。

これを生きている時は精気といい、
死んだら魂魄といいます。
また心神ともいって、人間にとって大切なことで
これに勝るものはありません。

その魂というものが、どこより来るかというと、
天からさずかるものです。
 
天上の天帝は、つねに茶碗のようなものの中に
椋の実の皮のようなものを水で溶かし
竹の管をひたして魂を吹き出します。
その理屈は子どもが遊ぶシャボンのようです。
 
天帝が吹き出したときには、すべてが丸く完全な魂ですが、
妄念・妄想の風に吹かれて、中にはいびつになり、
三角や四角になって飛んで行くものもあります…
 
  天帝「俺の姿には絵描きも困るだろう。
     今日の姿は日本バージョンの天帝だ。 
     ほかの国々へは沙汰なし、沙汰なし」



木九ろうに~
  「気苦労に 秘密の山に 土ひとつ 七つは金と ご推量あれ」
  陰陽五行(当時の科学でもあった)の物質と
  奇数(=吉数)を組み合わせた、語呂合わせの謎かけになっている。

:原文の略字は「春」ではなく
   「意(こころ)」ではないかとの説もあるようですが、
   さしあたり、私は「春」を採用しています。
   
椋の実の皮=無垢の身の皮、という洒落になっている

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)②

心学早染艸02

ここは江戸日本橋に、有徳な商人、目前屋理兵衛という人がおりました。
その妻が身ごもり、10ヶ月目に珠のような男の子が生まれます。
天帝は家内祝詞をのべて、つぶやきました。

  天帝「幼いということは、白い糸のように、
     いかようにでも染まるものだというが、もっともだ」

理兵衛の息子が生まれると、
いびつな悪たましいがその体の中に入ろうとしましたが、  
天帝が現れて悪いたましいの手をねじあげ、
善いたましいを理兵衛の息子に入れました。

心学早染艸02 天帝アップ
  天帝「ここは構わずに行け!」
 
  悪たま「ハア チョン、チョン、チョン、チョンと
      拍子・幕というところだ」

これは親の理兵衛が日ごろから心がけよくしていたので
天帝が恵みを与えたのです。
けれども、凡人の目には何も見えないというのは驚きです。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)③

心学早染艸03

理兵衛はせがれに理太郎と名づけて育て、
善いたましいは理太郎に日々つきそい、守っていました。

そのため、成長にしたがい利発で行儀もよく、
その上ほかの子供とちがって器用だったので、
両親は掌中(しょうちゅう)の珠のように愛しみ育て、
三つ子の魂百までと、将来を頼もしく思っていました。

心学早染艸03 両親
  
  理兵衛(父)「これは見事だ!俺の子ながら、後世おそるべしだ。
         あまりに不思議だが、誰かに書いてもらいはせぬか」
  
  母「お師匠さんが、これからは国尽くし
    書いてやると言いなさってよ」

  女中「ほんに、お器用なお子様でござります」
 
  母「坊はおとっつぁん・おかかさんの大事だよ
    穴一宝引きはしねえもんだねえ」

たましいは後ろでヒゲを撫でています。
 
  善また「チっと、そうもござるめえ」





国尽し:日本の諸国66国が列挙してある冊子↓。習字の手本として使われた。
      国尽くし

穴一:地面に小さな穴をあけ、離れた所から
     素焼きのおもちゃ(銭、歌舞伎、力士などを模ったもの)を投げて競う遊び。
     穴伊知、穴撃ともいう。
     詳細はこのサイトを参照されたし⇒泥めんこってなあに?

宝引き:束ねた細い糸の先に果実や金銭などをつけて、くじ引きする遊び。
      駄菓子屋の糸引き飴みたいな感じ。

心学早染艸(しんがくはやそめぐさ)④

心学早染艸04

かの悪たましいは、
理太郎の体に入ろうとして天帝にケチをつけられてから、
身のおきどころがなく、
相応の体でもあれば入ろうと思っていました。

しかし、当時は儒仏神の尊き道がしきりに行なわれており、
人が誰も悪い心を持っていないので、
立ち入れる所もありません。

悪たましいは仕方なく宙にフラフラしていましたが
折があれば理太郎の体の善いたましいを亡き者にして
我々が理太郎の体を住処にしようと企みました。

  悪たま「ナント、この群れで五十番目。食らうではないか」
  
  悪たま「いい体の株を買いたいものだ」
  
  悪たま「この頃は心学とやらが流行るから、
      おいらが住むような不埒者の素気無いのには困る」

己々(おのれおのれ)の不所存によりこうなっているのだが、
悪たましいどもは宙に迷っています。
こう並んだところは、いまに丁半でも始まるようです。
数珠を忘れた百万遍の者もあります。



・儒仏神:当時、大流行した庶民哲学「心学」では
     儒教・仏教・神道の三つは並存しながら根源で繋がったものと考えられていた。

・不所存:考えなし

・丁半:博打

・数珠を忘れた百万遍:法事で数珠をいつも忘れるほど不信心なことと、
              百万遍念仏とかけている。

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野暮天のサチ

Author:野暮天のサチ
江戸のおもしろ文学『黄表紙』を読み始めて1年余り。
ど素人の独学なので試行錯誤中ですが、あまりにも面白いので、みんなにも「黄表紙読み」をお勧めしたいと思ってブログをはじめました。

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